LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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友人からの知らせで、8月21日、お台場のフジテレビ前で、若者によるデモが行われたことを知った。参加者は6千人だそうである。





ちーとも知らなかったなぁ。
知らない訳だよ。日本のマスコミはこのことをほとんど報道しなかったらしいから。
一部のスポーツ紙が取り上げ、それをワイドショーの中でコメントするという形はあったようですが。
今ではすっかり定着したこの新聞記事紹介番組、でも考えてみると、おかしいですよね。
テレビは「○○新聞によれば~」と言っていればよく、ニュースソースに関する責任は、ぜんぶそっちにおっかぶせられる。
いわゆる「他人のフンドシで相撲をとる」という最たるもので、報道機関としてはいかがなものでしょうか?
もう「テレビには独自取材力はありません」と、宣言しているようにしか見えない。

さて、このデモの発端と背景については、wikipediaに書かれてあったものを転記するのでご覧ください。
<フジテレビが抗議デモの対象にされた背景には、2000年代のフジテレビが韓国に対し極度に肩入れする番組内容・編成となっていることが挙げられる。具体的には、韓流ドラマを他局より数多く流している他、韓国と関係のない番組においても随所で韓国のスターや韓国文化を取り上げたり、時には日本人スポーツ選手を貶めてまで韓国人選手を持ち上げる報道姿勢にあるとされ、これが韓国・韓流のごり押しであるとして一部のインターネットユーザーを中心に問題視されている。2011年7月に俳優の高岡蒼甫がTwitterにて韓国に肩入れするフジテレビの姿勢を批判する発言をし、さらに高岡がその後所属事務所を退職に追い込まれたことに端を発し、それまでフジテレビおよび韓流ブームに疑問を持っていた層の不満が噴き出すこととなった。一方で高岡自身はこうした動きには否定的である。>


よく解らない。
日ごろ僕も、日本の民放テレビのどうしようもなさをさんざん書いてきているので、民放テレビの報道姿勢に関しては大いなる疑問を呈するのだが、はて「韓国・韓流のごり押し」という講義理由には今ひとつピンと来ないのである。
主催者側は、<これは決して韓国人を差別するものではない>と言い、けっこうその点に関しては配慮している姿勢も見えるのだが、この騒ぎに「チャンネル桜」も便乗して、反韓国を打ち出すものだから増々ワケがわからなくなっている。

いったい何がいけないのか?
(1)韓国がいけないのか?
(2)外国のタレントやドラマが、日本のメディアに過多に露出していることがいけないのか?
(3)意図的に(2)の状態を、免許事業である公共電波を使って操作していることがいけないのか?
(4)(3)が事実とすれば、その狙いはなんなのか? また誰がそれを画策しているのか?
争点は、これらがゴッタ煮になっていると思う。


先ず(1)だが、「チャンネル桜」はそっちへ持って行きたいわけだ。でも、デモの主催者はハッキリそうじゃないということを言っている。


では(2)だが、日本のタレントさんや放送作家の人たちからすれば職場が奪われることになるので、当事者にとっては深刻な問題かもしれない。
しかし一般の視聴者からすれば、どこの国の歌やドラマであっても、質のいい歌やドラマが放映されるのは、文化理解につながるし、いいことだと僕は思う。
僕自身もNHKの『トンイ』は毎週愉しみに見ているし‥‥。


主催者が(って、正式な主催者がいるのかどうかもわからないんですが)問題にしているのは、結局(3)(4)ということのようだ。
そして僕も、インターネットでフジテレビのK-POPの紹介番組を見たりしてみたのだが、確かに、これは「韓流」というブームが意図的に仕掛けられているな、と判断する。
そうした場合に、「いったい何が問題なのか」については、一つの見解として、ふかわりょう氏が次のように述べておられる。
http://www.youtube.com/watch?v=EIJWcjsKRT4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=hBgAa8jp67I&feature=related


僕は、この発言に感心しました。ブレがないし、すごくクレバーな人なんですね。ふかわりょうさんて。
視聴者が明確に広告だと認識できる状態ならいいが、番組の中であたかもそれが社会事象であるかのように報道するのは詐欺だ。
確かにそういう線引きはあると思う。


しかし民放テレビというのは、そもそも、そういう線引きがない仕組みだから。
「いま吉本が旬」だと思えば吉本ばっかりになり、「グルメが旬」だと思えばグルメばっかりになるし、「韓流が旬」と思えば韓流ばっかりになる。「旬」が移り変わり、捨てられたところがシュン!となるという繰り返しなんだ。
かつてビートたけし氏がこう言ったことがある。
「テレビが情報操作しているっていうけどさ、俺なんか逆に操作しちゃうもんね」って。


テレビの情報操作、大衆洗脳は今に始まったことではなくて、ずっと前からあったことだ。
しかし、今、それが若者たちのインターネットメディアで問題視されるようになったということには、それなりの意義があると思う。
僕もつい「テレビは終わり」ってなことをよく言っちゃうんだけど、本当はテレビが終わりなんじゃなくて、「民放の営業構造」とか、「大衆洗脳の仕組み」が終わりってことなんだよね。


民放はご承知のように、CMの放映料で経営が成り立っている。
これは「大衆に広く伝播するパワーが在る」ということを前提にした、高額の放映料設定になっている。
だから、民放は絶えずそれを証明する必要があり、そのため常に「視聴率」が問題にされるわけだ。
一方、クライアントは、大衆伝達のパワーを期待して巨額の広告料を支払う訳だから、「視聴率」が高い番組でないと広告料に見合った効果が得られない。
かくして、「今、視聴率がとれる番組は何か?」という価値観を最大目標に、民放の世界は動いて行くわけだ。
「韓国・韓流のごり押し」という事態は、その一つの表出と言える。


しかし、今のテレビの経営状況を考えると、それだけでは済まされない。
例えば、グルメのお店レポート番組がある。これはグルメ情報番組なのであろうか?
実態は、お店から広告料に相当するものを頂いて放映している場合が少なくない。
あるテレビ局社員に聴くと、広告代理店が持って来た企画をとるためには、他のテレビ局に持っていかれないようにするために「広告出稿にプラスして番組内でも紹介しますから」といったサービスがよく行われるそうだ。
近年、純粋な広告出稿量が激減しているので、番組をタイアップにしたり、そっくり通販にしてみたり、と広告収入以外で稼ぐ方法を、テレビ局も必死に模索せざるを得ないのだ。


今回のフジテレビデモでは、この背景に、電通と韓国政府があって、その誘惑にあっさり乗っかったフジテレビと、たくさん広告出稿している花王も同罪でけしからん、と言っているようだ。
この事実関係は不明だけれど、僕の勘では「まあ、ありうることだね」と思う。
木村太郎氏が、韓国政府のブランド委員会のことを「うっかり発言」し、それがテレビ局側から訂正させられてる。
http://www.youtube.com/watch?v=aiPKg7eFSfc
http://www.youtube.com/watch?v=PzWRfwp7XjI&feature=player_embedded
結局、背景の大本に「韓国政府」があるということになると、右側の人々が騒ぎかねないということを懸念しているんでしょう。
でも僕は思うんだけど、「韓国政府」の戦略は見習わなければいけないと思うよ。日本は逆にあまりにも戦略がなさ過ぎだよ!


しかし、
今回のフジテレビデモの本質は、もっと別のところにあったんだと僕は思うな。
ひとことで言えば、主催者および参加者は「インターネットの呼びかけによるデモをしたかった」んだと思う。
(テーマは二義的で)先ず試してみたかったんだと思う。
なぜなら、それが世界の潮流だから。
アラブの世界で次々と革命が起こり、イギリスで暴動が起こり、ウィキリークスがアメリカの秘密文書を暴露する。
これらは、既存のテレビメディアを無視した、インターネットパワーの所産だ。そして若者が主役である。
でも日本では暴動が起きない。あんな大震災が起きたあとも、何か淡々としている。世界の潮流に乗り遅れているぞ。
それが本音だったんだろうと、僕は思う。


作家の橋本治さんは、今の社会状況を「明るい抑圧」と言ったんだよね。
僕は初めてそれを目にしたとき、「なるほど」とそのセンスに唸った。


「明るい抑圧」


<元気がないんじゃない。元気のやり場がないだけだ。現実の中に、本当の「元気」を発揮させるような場がない。「便利と簡単」だけで世の中が出来上がっていたら、人は「元気」などというものを持ち合わせる必要がない。「克服する」を必要とする「不便さ」がないから、「元気」を身内に備えても、その発揮のしようがない>
と、橋本治さんは書く。(『広告批評』336号より)


今の若者たちにとって、70年安保のころとか、その前の60年安保の国会をぐるぐる巻きにした学生デモ、東大安田講堂の攻防戦、浅間山荘事件、日航機ハイジャック事件、加えてオウム真理教の事件さえも、一種の憧れに見えるのではないだろうか?


余談ですが、先日、お茶の水へ行ったら、ヘルメットを被った学生たちがビラ配りをしていたんですよ。
その格好とか、看板の書き文字が、昔の全学連の時代とまったく同じなんです。
「うわぁ、学生運動も伝統芸能になったのか」
と、そのとき思いました。
それを脈々と伝承させてきた人たちがいるというのは凄いけど、新しいスタイルが作れないってことですからね。結局「克服する」対象がないんだね。


きっと今の若者たちの多くは思っているはずだ。「どうしたら、そんな熱狂が持てるんだ」って。熱狂を持ちたいんだと思う。
だから、その代替を「サッカーのワールドカップ」なんかに見出そうとしているんだと思う。


だけど、それらを含めて、結局は「誰かに乗せられている」という状況は崩せないわけだから、そうではない自発的な何かをしたい、するべきだという衝動は当然起きて来ると思う。
今回のフジテレビデモは、その端緒であったような気がする。
(この後、CMへの出稿が多過ぎるということで花王へのデモも予定されているそうです)


そのテーマと矛先は、フジテレビ側が言うように「抗議される筋合いはない」のかも知れないけれど、
今の社会状況の「明るい抑圧」を形成している構造の、一端にはカスっているのだと思う。
なぜなら、その証拠に、


メジャーなマスコミは、この事件を「報道しない」という姿勢をとったわけだから。


それは、逆説的に、今のマスコミの腐った体質を露呈してしまったことになる。
マスコミは、その失敗の重要性にまだ気がついていない。
マスコミがしたことは、ガダフィやムバーラクや東京電力や菅直人がとった「初動」と同じだ。
まずは、なにはなくとも「隠蔽」する。
それはジャーナリズムではない。マスコミ人よ、恥を知れ!


「韓国・韓流のごり押し」という抗議テーマは、やや的外れだったかもしれないけれど、日本の若者たちも、今後段々と本丸に迫っていくことになるだろうと、僕は思う。
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