LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
反逆のメロディー

原田芳雄さんが19日に亡くなった。享年71歳だったそうだ。
ずっと若々しくステキだったので、トシをとらない人かと思っていたのだが、自分自身の年齢を考えると「あ、そうなのか」と改めて思った。


僕にとって、原田芳雄さんは単なる役者じゃなかった。
僕が原田芳雄さんという役者を知ったのは、日活映画『反逆のメロディー (1970)』が一番最初で、それから『新宿アウトローぶっ飛ばせ (1970)』『野良猫ロック暴走集団’71 (1971)』、そして『赤い鳥逃げた? (1973)』へと続くのであった。
これで僕は、今日に続く「反逆」という<生き方>に完全に染まってしまったのであった。
早い話が、原田芳雄さんは僕にとって「先生」であった。


いま57歳になって、それが良かったかどうかというと、やっぱり世間的価値からすれば「幸福」とは言えない。
金はないし、家族だっていない。でも、ま、こんなもんかな。(今の時代状況を考えれば、若い人に「自信を持って勧める」なんてことは、到底できないな)
しかしその当時、まだ10代後半だった僕は、<これこそがカッコいい生き方だ!>と、もの凄く興奮していたのだ。


コンセプトは「反逆」だけれど、いったい何に「反逆」していたかというと、僕の場合は「既成概念」とか「不正」だった。
『反逆のメロディー』が公開された1970年は、一方で「万博」があり、もう一方で「安保」改定があった。
学生運動はまだ続いていたけれど、僕は、「万博」という流行にも、「安保」という流行にも乗らなかった。
僕にとって、流行に乗ることはカッコ悪いことであった。
そうじゃなくて、権力を操っている奴ら(それは時に政治家、時に企業経営者、時に教師、時にオヤジだったりするけど)に「反逆」するぞ、という「精神構造」が作られたのであった。


しかし今思えば『赤い鳥逃げた? (1973)』における原田芳雄さんの役は、「反逆者」のその後を象徴していたのかも知れない。この映画で原田芳雄さんはインポになった流れ者の男という役どころで登場するのだ。
これで、役柄と原田芳雄という役者の、僕の中の混同は終わったのかも知れない。
その後、原田芳雄さんは、キャラクターを活かした「味のある上手い役者」に変身していく。
これは、やっぱり『赤い鳥逃げた?』に出演していた、桃井かおりさんなども同じ。
桃井かおりさん自身が語っているのだが、どこかで「桃井さんちのかおりちゃん」を辞めなきゃ、あるいは辞めたい、と思う時期が来るんだね。


亡くなる少し前、原田芳雄さんは車椅子に乗って痩せた体を舞台上で見せたけど、あれは役者魂だったと思う。
「味のある上手い役者」から、「原田芳雄という役者」に戻った瞬間だったんだな。
どこまでもカッコいい人であった。
関連記事
スポンサーサイト














管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

imanari munekazu

Author:imanari munekazu
このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

リンク

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。