LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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大震災から四十九日が経過した。震災で犠牲になられた方々に対して、また復興を願い、祈りを捧げた人も多かったのではないだろうか? 私の周囲にも、毎朝神社へ行って祈りを捧げている人が、少なからずおられる。(自分には真似できないが‥‥)

なんとなく、いろいろな事に慣れてしまった(余震慣れ、節電慣れ、放射線慣れ)けれど、原発事故が収束に向かったわけでも、避難民が家に帰れたわけでもないんだよね。
状況は、まったく好転していないのに、人間は慣れて行くものなんだよね。
これは、いい面もあるけど、いろんな誤摩化しも許容してしまうから、注意しなくちゃいけないと思う。

民放テレビも喰っていかなくちゃならないからさ、気持ちは解るけど、いきなり「バカ笑い」と「グルメレポート」に回帰というのは、人間的成長がなさ過ぎじゃないかな? 時代の気分は、もうそこにはないでしょう?

50日以上が経過して、ようやく週刊誌が原発事故直後の政府と東電の対応を検証し始めたね。
僕は『週刊新潮』『週刊文春』『週刊ポスト』を買って読んだよ。
これらの記事を読むと、けっこう早い段階で、冷却用の電源が失われたことは、東電も政府も解っていたんだね。
結局、大前研一さんが言っていた通りだったんだ。
「東電は明らかに嘘をついているが、政府はその嘘を鵜呑みにした」
ということ。

で、初動に失敗して、こんな大惨事を招いたってことです。
政府も東電も、この先、このミスを隠し通そうってするでしょうけど、それはもう無理でしょう。
時代は変わったんだ。今はインターネットメディアがあるからね。

僕は今回の事故と、それに対する政府の対応、およびメディアの発表を見ていて、きっと戦時中の「大本営発表」というものも、同じようなものだったんだろうなぁと思ったんだ。

1.悪い事の過小評価
2.その場限りの取り繕い作戦と、肝心な情報の隠蔽
3.マスコミの、政府発表情報の垂れ流し

ね、まったく同じでしょ。
ってことは全然、教訓にしていないってことだよね。
戦後60年も経つのに、同じなんだ。メンタリ恥ーも、行動原理も。

週刊誌が、ここにきて暴露記事を掲載し始めたのは、要するに「テレビ・新聞」系列ではないからだよ。
上杉隆さんというジャーナリストが、これまでずっと「記者クラブ制度」を批判して来られたんだけど、今回の事故報道は、この「記者クラブ制度」の悪弊がもっとも如実に顕われた結果だと思うんだ。
このこと自体はヒドいことなんだけど、国も、政治家も、官僚も、大企業も、大企業の役員も、マスコミも、なーんにも信用できない、ってことに多くの人が気づいたのは、ちょっとだけ前進かも、って思うんだ。

トレンチの水位が8センチ上がったとか下がったとか、障害物に引っかかってロボットがそれ以上進めなかったとか、そこにどんな重要な意味があるって言うんだ。
こういう報道は、「ランナー満塁、ピッチャーが外角にシンカーを投げました」とかというのと、同じ感覚でやっているんだよな。
そんなのどうでもいいって思わない?
そうやって実況中継している陰で、「野球見物に来ている皆さん、実は帰りの電車はもうありません」って、いちばん肝心な事は伝えないんだぜ。
要するに、そういうどうでもいい話に目を向けさせて、肝心な話題からは視線を逸らせようっていう、姑息な作戦なんだよ。

こんなことがいつまで通用するかってんでぇ。
そんなものに引っかかりませんよーだ。
情報小出し作戦で騙しながら、徐々に「慣らしていく」というのが、彼らの策略。
「戦後」の責任回避まで、大本営を真似させないためにはどうしたらいい?

やっぱりインターネット上に、現代版「さらし首」サイトが必要だと思うんだ。
誹謗中傷する必要はない。その人が行った事実、言ったこと、を時系列に掲載するだけでいいんだ。
判断は、見た人がすればいい。
どなたか作ってくれないかな?
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