LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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マーケティング・コンサルタントの仕事には、足掛け20年ほどたずさわりました。
延べ300社以上の企業の戦略のお手伝いをするとともに、1990年代初頭からは、自身でも「ライフスタイル・マーケティング」という新しい概念と理論を提唱し、これはその後のライフスタイル・ブームの先がけとなりました。

しかしグローバリズムの波が押し寄せてからは、これに疑問を持ち、「Marketing」という言葉そのものにも、しだいに違和感を感じるようになりました。
マーケティングでは、市場規模をパイと言います。食べ物のパイにたとえた言葉です。これをどう切り分けるか、ということで市場占有率(シェア)を争うのです。

その時の視点は、パイを斜め上から眺めているのです。マーケット(市場)がそこにあらかじめ在り、「さあ、このパイをどれくらい、どのように食べようか」と腕組みして思案している。これが、いわゆるマーケティングの、出発点なのです。私は「違う」と思うようになりました。と同時に、その考え方は決定的に「古い」とも思ったのです。

パイを見る側ではなく、パイ側に立ったなら、つまりお客の立場に立ったなら、あなたは「食べられたい」と思うでしょうか? 私はイヤです。
顧客重視などと言葉では言いながら、しかしマーケティングには「さあ食べてやるぞ」という気持ちが、どこかにあるのです。

しかし、マーケット(市場)というものは、本来「価値の交換」の場であるはずです。「価値の交換」によってお互いが利益を得る。それが市場(いちば)の機能です。
ところが、マーケティングはそれを草刈り場(利権争いの場)にし、金融市場はさらに鉄火場(博打場)にしてしまいました。これは全くおかしいことだと思います。

そこで、マーケティング・コンサルタントの仕事をやめるだけではなく、「Marketing」という言葉そのものも捨てる決心をしたのです。
そして、思案の末、新しい言葉を見つけました。「Communiting」です。私の造語です。Community を創っていくから、Communiting です。

パイを斜め上から眺めるのではなく、ある芯の周りに粉をまぶして、おだんごをこねて大きくして行く。でも、食べきれないほどの大きさまでにはしない。それで成り立つ程度の大きさで充分である。私は、これこそが、これからの時代において相応しい考えであると思うに至りました。そしてこれを「Communiting」と名づけたのです。さて、広まっていくでしょうか?
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