LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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NHKのシリーズ番組『マネー資本主義』の放送が終わった。第4回は「金融工学」に関するものだったが、非常に興味深かった。例のサブプライムローン問題の背景に「金融工学」なるものがある、ということは知っていたのだが、なぜ「工学」(engineering)という言葉が後ろについているのかが、今まで解らなかった。

インターネットで「金融工学」を調べてもチンプンカンプン。それがこの番組で、多少とも理解することができたのである。『マネー資本主義』での紹介は、「金融工学」の全体像を語っているのではなく、多分ある部分にスポットを当てているのだとは思う。しかし「今の世界恐慌に至るまでの過程で、金融の世界ではこんなことが行なわれていたのか」という驚きに、自分は目を奪われた。

番組では、二つのマンハッタン計画を対比して描いていた。一つは、言わずと知れたオッペンハイマー主導の「原爆開発」計画である。第二次世界大戦中アメリカが秘密裏に進めたこの計画には、亡命ユダヤ人を中心とする科学者、技術者が総動員された。「マンハッタン」というのはコードネームであり、研究所自体はニューメキシコ州ロス・アラモスに置かれていた。

この計画開始の発端となったのは、1939年、亡命ユダヤ人物理学者レオ・シラードらが、アインシュタインの署名を得て、ルーズベルト大統領に送った一通の書簡であった。例のE=MC2の公式を解釈していくと、核連鎖反応の軍事目的利用の道が開かれる。それをナチス・ドイツが先行して保有することを恐れた亡命ユダヤ人物理学者たちが、アメリカ政府に核開発を強く進言したのである。

マンハッタン計画2    マンハッタン計画1

やがて「マンハッタン計画」は着々と進展。1945年3月には、連合国の調査によりドイツが原爆を開発していない確証が得られるが、アメリカは1945年7月16日、世界で初めて原爆実験を実施した。そして、同年8月6日には広島、8月9日には長崎に実戦投入、合計数十万人が犠牲となったのである。またこれは戦後の冷戦構造を生み出すきっかけともなった。

さてこの歴史事実で注目されるのは、次の3点である。
(1)優秀な物理学者や数学者の徴集、総動員
(2)最初は良いと思って始めていること
(3)その後の暴走と、甚大な被害


現代の「マンハッタン計画」とも呼べる、「金融工学」も全くこれと同じ轍を踏んでいたのだ。まずは、天才的な物理学者や数学者が、金融のメッカであるマンハッタン島に集められた。この中には、ロスアラモス国立研究所に勤務していたものの、米ソ冷戦の終結によって職にあぶれた物理学者が、高額保証でヘッドハンティングされた例も多数含まれるという。

こうして集められた彼らは、物理学での知見を金融の世界に応用し、金融商品につきまとうリスクを複雑な方程式によって見えなくするという技術を編み出した。それはビーカーの中の泥水と同じく、金融リスクという泥を沈殿させて集めると、上澄みはリスクの小さい飲める水になるという理論なのだという。これを発明したときの彼らは、金融界に革命をもたらした、と沸き立ったという。

ところが、リスク自体はなくなったわけではない。リスクの高い沈殿物は債権にしても売れ残る。だからこれを、他の低リスク商品と一緒にして掻き混ぜれば、70%くらいはまたもや飲める水になる。さらには、リスクそのものも別の商品として売ればいい。ということで次々と金融派生商品が創られていった。その結果、多くの商品に、逆に見えないリスクが入り込んでしまった。こうして甚大な被害がもたらされることになったというのだ。

番組を見終わって、「結局こういうことだったのか」と思うと同時に、「なぜだ? さっぱり解らない」との疑問がまた沸いて来た。
「なぜだ?」というのは、知識階級に属している人々の、ある種の思考パターンとでもいうべきものに対する素朴な疑問である。
この「金融工学」においても、何人かの人々は、ある段階からその危険性を察知し、警告を発していたというのだ。だが全体としては暴走を止められなかった。これはいったい何なのだろう、と思う。

次の映像を見ていただきたい。これは現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社理事長で、多摩大学教授・ルネッサンスセンター長の経済学者、中谷巌氏が『資本主義はなぜ自壊したのか~「日本」再生への提言』という懺悔の書を著した時に語った言葉が記録されているものである。中谷巌氏は小渕内閣の時に「経済戦略会議」の議長代理を務め、1990年代には、竹中平蔵氏らとともに構造改革推進派の旗頭として活躍した。

しかしその後、新自由主義や市場原理主義との決別を表明、前述の書や「小泉改革の大罪と日本の不幸 格差社会、無差別殺人─すべての元凶は「市場原理」だ」(『週刊現代』12月27日・01月03日号)の中で、過去に自分が行っていたグローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革推進発言などを自己批判し、180度の「転向」を行ない注目を浴びた。



ここで、中谷巌氏が語っていることを整理すると、以下のようになる。
●グローバル資本主義は、人と人とのつながり、社会のぬくもりを失わせ、日本からコミュニティが消えていった。
●当時の自分は、傲慢にも、経済学の理論ですべて社会が論じられると錯覚していた。
●人と人とがお互いに接触し、お互いを信頼し、喜怒哀楽を共にする、そういう小さな社会の体系を経済学は全く議論していないし、できない。
●日本企業の強さは現場の一体感にこそあり、派遣切りなどを誘発した雇用政策は誤りであったということに気が付いた。
●何が人間にとって幸せなのか、という哲学的議論を深めないと、政策提言などとてもできない。

世間では、中谷巌氏の「転向」そのものを非難する声も多い。自分も、ああここでも『ダイエットの法則』(ずっと太らないように節制してきた人よりも、いったん太ってから痩せた人の方が注目を浴びるし、その人の言動を信じてしまうという法則)が働いているんだな、とは思うが、まあ「改むるに憚ること勿かれ」である。それは歓迎しよう。

ただ、自分が驚くのは、「今ごろそんなことに気が付いたの?」という点である。だとすれば、学者・知識人というのは、いったい何なのか?

「人と人とのつながり、社会のぬくもりが大切だ」などは、田舎の爺っちゃん婆っちゃんなら、普通に語っていることではないか。幼稚園だって、それは教えているぞ。
また、中谷巌氏が言われるように、本当に「経済学は、小さな社会の体系を全く議論していないし、できない」というのであれば、では「経済学」ってそもそも何の役に立つのだ?

さらに「何が人間にとって幸せなのか、という哲学的議論を深めないと、政策提言などとてもできない」と言うのであれば、今まで行なってきた政治、社会を巻き込んできた政治、あれはいったい何だったのか? 日本社会全体に、多大な影響力を行使してきたではないか。

『マネー資本主義』第4回の終盤では、「金融工学」の暴走を止められなかった事態を反省、なぜ人間は暴走するのか、それを脳波を分析して発見する試みが始まった、と紹介する。ある科学者は、「科学で起こした問題は、科学でしか解決できない」と言う。さらには、サブプライムローンでは失敗してしまったが、せっかく生まれた「金融工学」をそのまま葬ってはもったいない。大規模災害のリスクを持つ保険商品に適用した「カタストロフィ債」なるものが新たに発明され、これが早くも投資家の注目を集めている、と言う。

自分には、全く理解できな~い。
なんで?
「科学で起こした問題は、科学でしか解決できない」という思い込みが、すでに変なんだってば。
「経済学」の前に「哲学」をという発想が、すでに学者の傲慢なんだってばさ。
「脳波」など別に探らなくてもいい。
「学」に「学」を重ねなくたっていい。
「哲学」の議論などしなくたっていい。
ただ次の感覚がフツーにあれば。
それは、

倫理
ルール
マナー
知足
感謝
誠実さ
思いやり
利他心


違いますぅ?
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