LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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友人から、ソーシャルメディアに関する講演会があるので一緒に聞きにいかないか、と誘われました。
でも案内文の惹句を見たら、


・スティーブ・ジョブスの死と共に去ったパソコンの時代。
・2012年、ソーシャルメディアの夜明け。
・たった一つの”つぶやき”から生まれるシンデレラ・ストーリー。
・幸運の女神からの『いいね!』で変わる人生。


とあるのを読んで、私は遠慮しました。
こういう流行(はやり)ものを煽る話には、もう私はまったく興味が沸きません。「遅れている」と言われれば、その通りかもしれません。
でもどうなんでしょう? パソコンの時代が終わったとも思いませんし、ソーシャルメディアが、言うほど素晴らしいものだとも、私は思いません。


それに、世の中には、パソコンにすら触ったこともない人たちも大勢いて、そういう人たちだってちゃんと普通に生活をしています。
いまソーシャルメディアに関わらなければ、この先の人生が開かれないかのように言うのは、別の意味で、今という時代を解っていないのではないのかなぁと思います。


「ソーシャルメディア」という言葉を初めて聞いたのは2年前ですが、その時は「social」という言葉を「社会的」という意味だと早合点して、少し興奮しました。でも後になって、twitterやfacebookやmixiのことだと知ったときには、ガッカリしました。


ウィキペディアの定義を見ますと、<誰もが参加できるスケーラブルな情報発信技術を用いて、社会的インタラクションを通じて広がっていくように設計されたメディア>となっています。
でもこれだけでは解りにくいですね。


ポイントは、


マスメディアは多くの人に伝達可能だが、一方的であり、資本や規制による制約もあって誰もが情報発信できるわけではない。
一方、パーソナルメディアは、個人から個人への伝達手段に留まり、それ以上の広がりを持たなかった。
しかしソーシャルメディアは、個人の情報発信がマスメディアのように多くの人々に伝わる可能性を秘めている。


ということにあるようです。
それが「social」という言葉に被せられた意味のようです。


確かにその可能性の意義は大きく、中東革命で大きな役割を果たしたことをみても、これまでのマスコミ支配の構造を打ち破るインパクトがあると思います。
ところが、もちろん良いことばかりではありません。


第一の問題点は、情報発信元の信憑性が疑わしいということです。
中東のCNNと言われるアルジャジーラの放送を見ますと、シリア状勢やパレスチナ状勢を伝える際に、最近は携帯電話で撮影した映像が頻繁に使われるようになっています。でもどちらの側が撮影したのか、誰を撮っているのかも定かではありません。


映像など、最近では簡単に捏造できるわけですから、それを解像度の悪い携帯電話の素人撮影で見せて、そこにアナウンサーがコメントを被せるというスタイルをどこまで信じてよいか判りません。疑いなく観ていたら、アナウンサーの言葉を鵜呑みにするということになってしまいかねません。そして実際に、そういう虚偽の報道への誘導が行われていると私は考えています。


以前ですと、マスコミは必ず「裏」というものを取ったわけですが、それではソーシャルメディアのスピードに負けてしまいますので、今ではソーシャルメディアの後追いをするようになってしまいました。中国漁船衝突事件の際の映像も、出所が解ったのは、ネット上の動画をマスコミが取り上げて随分経ってからでしたよね。つまり、刺激的でさえあれば、「裏」などどうでもよくなってきているのです。


第二の問題点は、田原総一郎さんが最近になって仰っているのですが「twitterは結論しか言わない。途中がない。」ということです。田原総一郎さんは、当初は「twitterは面白い」と言っていたのです。ところが可能性を感じて使ってみた結果、「結論しか言わない。途中がない。」ということが解ったというのです。


これはどういうことかと言いますと、情報を精査したり、関連づけたり、分析したり、思索したりする「中間」がないということです。
ある事柄に関して、「賛成」か「反対」かといった単純な切り口で判断するだけになってしまう。そのいい例が、『いいね!』ボタンです。


何がいいのか、どこがいいのか、全く解らないけれども、ただ『いいね!』と言う。そしてその数を競う。
私はこの『いいね!』方式を、ちっとも「いいね」とは思いませんね。
こうして思考を単純化させた結果、第三の問題点として、ソーシャルメディアは「ネットいじめ」に非常に適したツールに成長してしまったのではないでしょうか?
「こいつ嫌い」「あれはダメ」とすぐに判断してコメントする。


マスメディアにしても、パーソナルメディアにしても、そしてソーシャルメディアにしても、結局はコンテンツ(内容)と、使う側のモラルの問題が問われるのだと思います。
ソーシャルメディアは、確かにマスコミの支配を破壊するインパクトを持っていると思います。けれども同時に、モラルも破壊するインパクトを持っていることを、私はとても危惧しています。
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