LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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2月17日、内閣府は2008年10~12月の国内総生産(GDP)が年率換算でマイナス12.7%であったとの速報値を出した。GDPが年率換算で二桁のマイナスになったのは、第一次石油ショックの影響を受けた1974年1~3月期(13.1%減)以来、戦後2度目のことだと言う。特に輸出不振の影響が大きく、前期比13.9%減と過去最大の減少幅となったとのことである。

ところが、この発表があった正に前日の16日、産経新聞紙上で竹中平蔵氏が、『歪む政府介入』というコラムを掲載し、次のように主張しているのである。

<100年に1度という世界的な金融経済危機の中で、各国の政策のあり方が大きく問われている。(中略)日本は金融部門のバランスシートが諸外国に比べて健全であるにもかかわらず、経済のパフォーマンスは先進諸国で最悪になりつつある。例えば2008年の成長率はアメリカがプラス1.3%であったのに対し、日本はおそらくマイナス成長になると予想される。最大の問題は、日本政府はマクロ経済運営に対する本来の役割を十分果たしていない一方で、官主導で民間への余計な介入に精を出していることである。金融機関以外の事業法人に対する公的資金の活用など、その典型である。

まず、政府関係者がしばしば口にする「100年に1度」という表現はどの程度正しいのか。(中略)確かに極めて深刻な状況だ。しかし大恐慌時1932年のアメリカの成長率は、実にマイナス13%だった。翌年の失業率は25%にも達した。金本位制の当時と比べると、われわれには、通貨量を調整する手段も財政政策の手段もある。傷はまだ浅い。(中略)単純に大恐慌と比較するのは危険だ。この言葉が「だから何でもあり」という形で安易な政策へのエクスキューズ(言い訳)に使われることが懸念される。>

竹中氏は、<いま不況だと言っても、日本の傷は浅くてそんな1932年の大恐慌と並べて語るほどのものではない。2008年のGTPはマイナスになるかもしれないが、1932年のアメリカの成長率は、実にマイナス13%だった。だから「100年に1度」を安易なエクスキューズに使って、政府が民間に介入してはいけない。>と、あくまで新自由主義者、市場原理主義者としての主張を展開しているのである。翌日の内閣府の発表で、日本のGDPが「実に」とわざわざつけたマイナス13%と同じ高い数値であったことを知って、果たしてどう思ったのだろうか?

皮肉を言わせて貰うなら、前日の自分の主張にどう「エクスキューズ」するつもりだろうか。このようにして、アメリカのドメスティック・アライズとなったエコノミストは、自分の主義主張を展開するために、客観性を失ったデタラメな言動を、影響力のあるメディアで垂れ流ししているのだ。しかも、それが間違っていても訂正をしない。その意味では、中谷巌氏が『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)という懺悔の書を書いたことは、まだマシで、少しだけだが、世の中の流れが変わり始めたことを物語っている。

しかしここでも『ダイエットの法則』が効くことになる。中谷巌氏は、小渕内閣時代に首相諮問機関「経済戦略会議」の議長代理を務めており、竹中氏と同じバリバリの新自由主義者だった。しかしその当時から、アメリカ追随のグローバリズムはダメだと主張してきた者や感じていた人たちは日陰に追いやられ、各業界から追放された者も少なくないのである。格差拡大で貧困層に落ちてしまった人も大勢いる。しかし、『ダイエットの法則』では、ずっと節制してきた者は注目されず、中谷巌氏のような転向者の方が、結局は陽の光を浴びるのである。

インテリ層の言うことは、全然信用できない。むろん政治家も経済人もメディアも、信用できない。金融の信用不安だけではなく、為政者の信用不安もどんどん広がっているように思う。そして、このまま日本は朽ちていくのだろうか。

最近の麻生首相の発言を聞いていると、言葉の無内容さ、薄さに、唖然とさせられる。最近は「直接聴いたわけではないのでコメントできない」との言葉を頻発するのだが、それは不祥事や訴訟に際して、企業が逃げに使う言葉と同じである。そのロジックを使えば使うほど、回避どころか、怪しさが増大するという大衆心理を全く解っていない。民主党攻撃の言葉を吐けば吐くほど、逆に品格が疑われるということも解っていない。悔しいが、オバマの言葉とは雲泥の差である。オバマはロックスターである。同時期にテレビで見せられた17歳の石川遼クンの言葉の方が、麻生さんよりも数段、真摯さと熟慮と配慮が伝わってくるではないか。

為政者のいう「常識」言葉を信用してはならない。あの「テロとの戦い」という言葉も、為政者たちはみな当然のように使っていたが、しかしそもそも「テロ」とは何か? 逆の立場から見ればレジスタンスかも知れないではないか? 米国では政権が代わり、「テロとの戦い」という言葉が正しかったのだろうか、という声がすでに出始めている。ありもしない大量破壊兵器のデマをでっち上げ、イラクの民間人を大量殺戮したのはむしろアメリカの方ではないか。

インド洋での給油活動にしても、政府は「国際社会への貢献」という言葉をしきりに使っていた。だがこの活動は国連安保理決議を経ていない、アメリカ合衆国主導の「対テロ戦争」に参加した国「有志連合(Coalition of the willing)」が進める「不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom)」という<戦争行為>に対する支援活動だった。この「有志連合」に軍事支援した国は2002年時点で17カ国。そのうち日本がこれまで給油活動を行った国はたったの11カ国。現在はそれが8カ国にまで減っている。一体これのどこが「国際社会」と言えるのだろうか?

麻生首相は「景気回復最優先」とは言うが、今の世界恐慌に至った背景に対する原因追求も、反省も、転換策も示さないまま、当面の刺激策として定額給付金制度を実施しようとしている。小渕内閣のときに、すでに「効果なし」と証明された愚策なのに‥‥。そもそも「景気」とは何なのか? GDPと株価が上昇すればそれは「好景気」なのか? では2002年以降、いざなぎを超えたと言われた好景気で、国民はハッピーになったのか? むしろこの間に貧困層が増大したではないか? 今日の恐慌の出発点はアメリカであり、アメリカ流の価値観にすっかり染まったために、いま日本も巻き込まれているのである。アメリカの住宅バブル崩壊は、なんのことはない、「好景気」を追い続けた結果であるということに、なぜ気が付かないのだろうか?

世界経済の建て直しに際して、為政者は口を揃えて「保護貿易主義に陥ってはならない」という。そしてその根拠として、第二次世界大戦が起こったのはそれが原因、ともっともらしいことをいう。しかし、今のグローバルネットワークの時代に、しかも環境保護がこれだけ叫ばれている時代に、「保護貿易主義に陥ってはならない」と強く主張する理由が自分には解らない。一つ言えることは、輸出依存度の高い国にとっては、当面の死活問題だということだ。しかしそれとて、日本では繊維や食品など輸入品の脅威にさらされている業界にとっては逆の利益構造にある。製造業が空洞化してしまったアメリカで、いま「Buy American」をスローガンに掲げることは、アメリカの立場からすれば理に適っている。

要は、特定グループの利益しか代表していない言葉を、さも「世界中での常識」のように思わせる為政者が後を絶たないということなのだ。その代表がジョージ・ブッシュであった。アメリカ国内での貧困層拡大は1980年代からの自由貿易の拡大と一致している。国内産業が空洞化するから当然である。自由主義の総本山であるアメリカは、自由貿易を推進すればするほど、実は自国内に借金を増やし貧困層を増大させていたのである。そして国内の不満を外部の戦争へと転化し、自国の若者を戦争に送り込んで殺しているのである。

保護貿易主義は戦争の原因を生むというが、ならば鎖国時代の日本は外国と戦争をしたか? キューバ危機以降貿易封鎖されたキューバが外国と戦争をしたか? 絶え間なく戦争をし続けているのは、むしろ自由貿易主義の権化であるアメリカではないか?

過去20年、日本は、政治家、官僚、経済学者、金融市場関係者、経営コンサルタント、勝ち組ヒーロー、マスコミ等が誘導するデタラメな「言葉」に翻弄されてきたと言ってよい。
為政者の信用不安が増大している今、彼らが使う「常識」言葉には、よくよく注意して、惑わされないようにして行かなければならない。
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