LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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浅学にして知らなかったのだが、例の「100年に1度」というフレーズの言いだしっぺが、前FRB議長のグリーンスパン氏であることを、今ごろになって知った。スミマセン。昨年10月23日、米下院の監視・政府改革委員会の公聴会で「100に1度の大津波」と表現した言葉が、瞬く間に世界に広がったのだという。

ところが同じ人物が、ちょうど10年前の1998年5月には、第2の「アメリカの世紀」到来を賞賛して、当時の情報革命を「1800年代の発電機の発明と並ぶ“100年に1度の事態”」であると、議会で語っているのだそうだ。どうもグリーンスパン氏という人は、「100年に1度」という言い回しがクセになっているようである。

呆れたのは、その時、「100年に1度」の成功理由として「技術革新による生産性の向上、経済のグローバル化、規制緩和によるコストダウン効果」の3点を挙げ誉めちぎっているのだと言う。技術革新は別としても、後の二つは、サブプライムローン・ショックから今日の世界恐慌に繋がる遠因を構成しているポイントではないか。いったい全体、エコノミストとはなんなのだろうか?

『SAPIO』1月28日号に、「新自由主義経済」理論の支柱となった経済学者で92年にノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・ベッカー氏のコメントが載っている。
以下にその気になるポイントを挙げると、

●マルクス以来、不況になるたびに資本主義崩壊が言われたが、その後成長を遂げてきた。
●今回の事態も、確かに金融危機は深刻だが「恐ろしい」というほどのものではない。
●オバマと民主党の勝利は自由市場の原則の是非を問うたものではなく、ブッシュ政権の不人気に対して向けられたもの。
●米国の有権者はいま金融に規制を掛けたがっているが、自由市場の原則を変えろとまでは言っていない。
●保護貿易主義や、キャピタルゲインへの課税、企業トップの高額な報酬に対する規制などは、みな経済回復の阻害要因となる。
●大規模な財政支出による景気刺激策に対しては、自分は疑問を抱いている。
●ビッグ3は、破産しそうであれば破産させるべき。それが自由市場の原則である。
●2009年末まで景気後退は続くだろうが、これはあくまで景気後退であって、世界経済の崩壊などではない。
●自由主義経済を後退させるのではなく、逆に推し進めることこそが回復への近道である。

自分が睨んだ通りだった。「新自由主義経済」の信奉者は、現在の事態をちょっとひどい景気循環の底とみなし、いまなお自由主義経済を推し進めるべきだ、と語っているのである。こんな人物が驚くなかれノーベル経済学賞をとっているのである。そして、このゲーリー・ベッカー氏とほぼ同じ主張をしている経済学者が、日本にもいる。そう竹中平蔵氏、その人である。

では、そもそも「自由主義経済」とは何か? 要するに市場を自由に任せておけば、競争によって良いものが残り悪いものが駆逐され、価格も需給バランスの結果自ずと決まる、とする考え方である。このように自然と導いてくれる働きを差して「神の見えざる手」と言う。自由主義者には、この「神の見えざる手」の理想があるのだ。

一方、戦後の日本の舵取りは逆であった。市場の自由に任せておいたのでは、どんな事態になるやも解らない。不正や不義も横行するであろう。だから政府が規制を掛けながら産業を育成していくべきだ。これを日本では「護送船団方式」と言った。そして貿易面では、日本は様々な輸入品に高い関税を掛ける、いわゆる保護貿易主義をとった。そしてこの政策は一定の成果を上げた。

日本は世界第2位の経済力を持つようになり、国民の生活は向上した。しかし90年代に入っても、日本の官僚統制型の政治はなかなか変化しなかった。財政赤字が拡大する中で箱物行政に象徴されるようなムダが横行していた。その一方で、あまりにも瑣末な規制が多すぎて自由な競争を阻害し、閉塞感が生まれていた。規制を監督していたのは霞ヶ関の役人である。官僚たちは自分たちの権益をなかなか手放そうとはしなかった。

98年の小渕内閣のときに堺屋太一さんが経済企画庁長官になったことがある。堺屋さんは自身が元通産官僚でウラのウラを知っていた。その人が官僚政治の打破を唱えていたので、これで少しはなんとか変わるのか、とも思ったが、実際はカラブリに終わった。全く歯が立たなかったのである。堺屋太一さんは2001年の森内閣の総辞職と共に内閣を去った。そして次に登場したのが、小泉さんだった。

小泉さんは「改革」を訴えた。「自民党をぶっこわす」と言った。
若者はいつの時代でも反体制的気分を持っているものである。「改革」の言葉に踊らされた若者をはじめ、多くの国民が小泉チルドレンに投票し、自民党大勝利の果てにその「改革」の基盤が整った。ところが、その結果が、逆に若者から希望を奪い、職を奪い、生活者の格差を拡大させるものになろうとは‥‥。大多数の人たちは、よもや考えてはいなかっただろう。

「小泉改革とはいったいなんだったのか?」と思うときがある。確かにあの時期、官僚政治の打破は必要であった。小泉さんが出てくるまでは、そこにメスを入れることは誰も出来なかったのである。各種の規制を撤廃し、官僚の権益を少なくする。そうして、いわゆる小さな政府にして行くことで財政を建て直していく。その方針自体はよいのだが、この自由化が、誰に向けて行われたものかが問題であった。

国民には知らされていなかったが、自由化のステップが、クリントン政権時代の94年に初めて出されたアメリカの『年次改革要望書』に沿って進行しているらしいことが、その後明るみにでた。東京10区の小林興起氏は2005年の衆議院選挙で「郵政民営化すれば、日本の資産がアメリカに取られる」と訴えたものの、有権者にその声は届かず選挙には落選した。

不思議なのは、マスコミも、国会の中でも、「自由化の背景にはアメリカの政治的意図があった」ということをあまり言わないことである。どうも一種のタブーになっているようだ。なぜだかは解らない。もし知っている方がいらっしゃったら、どうか教えてください。そして今問題となっている雇用の自由化も、この路線に従って、着々と進行してきたものなのである。(頓挫している「ホワイトカラー・エグゼンプション」は、『年次改革要望書』の最新版に今も載っている)

アメリカさんというものは、一体全体そんなに怖いものなのか? 政治評論家の中にも、「小沢はCIAにネガティブ情報を握られているので首相にはなれない」とか「田中は中国に接近しアメリカを怒らせたので潰された」とか言う人がいる。ここまで来ると、我々にはその真偽を図りようもない。

ここで、自分には2つの疑問が浮かび上がる。
(1)日本の自由化、市場開放は、本当にアメリカの意図に沿って行われたのか?
(2)だとすれば、なぜ日本政府トップが、そういう売国奴的人物で占められているのか?

(1)については、自分は「あった」と見ている。日本とアメリカの間でそういう約束があった。これは、アメリカの立場を考えてみるとよく解るのだ。

80年代、アメリカは貿易赤字と財政赤字のいわゆる双子の赤字に悩まされていた。アメリカは自由貿易、日本は保護貿易であったから、自動車をはじめとする輸出品は日本からアメリカへ一方的に流れ、日本には貿易黒字が積みあがっていた。このためアメリカ国内では製造業が大打撃を受け、失業者が増大した。

アメリカはこの状態をなんとか解消したいと願っていた。日本に市場開放を要求し、得意分野で日本に進出することで、貿易の不均衡を是正したいと願った。ところが、アメリカは80年代に国内の製造業が力を無くし、90年代のクリントン時代になると、ITと知的権利に産業の中心をシフトさせた。覚えておられるだろうか? この時期、日本の企業相手に、巨額の賠償金を求める特許訴訟が頻発したことを。アメリカはそれによって、日本が貿易で得た利益を一挙に取り戻そうとしたのである。

しかしITも世界中で追随するところが現れてくると、アメリカの優位性は薄れていく。そこでブッシュ時代に入って次に目を付けたのが、金が金を生む「金融」の産業化だった。つまりアメリカの産業の中心は、80年代まで「製造業【実態(ハード)】」、90年代に「IT、知的財産権【実態(ソフト)】」と進み、2000年代ではついに「金融【虚業】」へと駒を進めたのだ。

金が金を生む「金融」ビジネスとは、お金が汗水垂らして得た利益(インカムゲイン)を当てにした、生易しいものとは全然違う。資産そのものの増加(キャピタルゲイン)を狙ったものだ。株でも不動産でも、低いところで買って、高いところで売れば儲けが出る。これが「キャピタルゲイン」である。ところが売らなければ、その利益は確定しない。

しかし売るためには、買い手が必要である。株でも不動産でも上昇基調にあるときは、次の上昇を期待して転売が可能となるが、しかし最後は、誰もその値段では買わない高値でそれを買う人に落ちつく。この人はもう転売で儲けることはできない。そのまま持っているか、購入価格よりも安い値段で売るしかない。つまり「キャピタルゲイン」の反対側には、いつか損をする人が必要なのだ。早い話が、「キャピタルゲイン」とは博打である。

その標的が日本であった。郵政が握る300兆円の資産も、その一つである。アメリカ政府という胴元が、手練手管のギャンブラーを引き連れて、日本政府に博打場を多数開設するように要求したのだ。日本は、預金金利を極限まで下げて貯蓄をやめさせ、株、投資信託、国債、外国のマネーを購入するように、官民挙げてキャンペーンを展開したのである。OLさん向けには国債を小口にした商品まで作って買いやすさをアピールした。

この後、どうなったかを覚えておられるだろう。ハゲタカファンドといわれるアメリカの投資会社が、日本の資産を二束三文で買い取ったり、株の買い占めを行って売り抜けようとしたのを。それを日本人で真似たのが、ホリエモン氏であり、村上ファンドであった。村上世彰氏は通産省出身であった。片や堀江貴文氏は、自民党幹事長武部勤氏が「わが息子です!」と絶叫して持ち上げたことを、よく思い出していただきたい。

しかもアメリカが日本の資産を買収する金は、マクロで見れば、日本から還流した金なのである。貿易黒字で稼いだ金を、日本はアメリカの借金として戻しているのだ。その金で、日本の資産が買われて行こうとしたのである。しかしこれはアメリカさんばかりを責められない。日本もバブル期アメリカの資産を買いまくったのだ。その報いである。

こうして、自由化はアメリカの思惑通りに進行した。そして、90年代までは無縁だった大規模な失業問題が、ついに日本にも「アメリカ並みに」誕生したのである。
一方、権益を奪われた官僚はどうしたか。頭のよい官僚たちは、次の働き先である天下り先に場を移した。こうして官僚の腐敗は無くなるどころか、焼け太りの様相を呈してしまったのである。

「小泉改革とはいったいなんだったのか?」
そう改めて考えずにはおられない。
では、第2の問い、

(2)だとすれば、なぜ日本政府トップが、そういう売国奴的人物で占められているのか?

を考えてみたいのだが、それはまた次回に譲ることにする。
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