LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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知り合いの大学生が大学を卒業し、就職することになりました。赴任地はいきなりヴェトナムだそうです。
グローバル化ということが、こんなところにも顕われているんですね。


ところで、初めて就職することを世間では「社会人」になると言いますね。
私は以前からずっと、この言葉はおかしいと思っていました。
では就職できなかった人は「社会人」になれなかったのでしょうか?
あるいは、会社を定年退職すると「社会人」ではなくなってしまうのでしょうか?


会社員になるという働き方は大正時代に入って一般化したもので、明治まではほとんどの人が一次産業に就労するか職人などをしていました。
私の記憶では、1960年代までは「月給取り」になるということは、まだ非常にステータスが高かったように思います。


それまでの不安定な収入状態から定期収入が得られるということと、当時は高度成長期にありましたから就職後も給料がどんどん上がって行った。それによって、物質的には恵まれた生活が送れるようになって行ったのです。


しかし今は状況がまったく違います。初任給も高度成長期に比べて下がってしまいましたし、非正規雇用がもの凄く増えました。
このような時代に、就職すること=「社会人」というのは、ますます変だなという気がいたします。


「社会人」という言葉には、サラリーマンになることが当たり前で、それは正しいことで、そうならない、あるいはなれない人は、はみ出し者といった価値観が、色濃くあるように思うのです。


学生はこうした価値観に完全に支配されていて、サラリーマンが当たり前のようになったのは、近代以降のつい最近に過ぎないということを知りません。
就活産業やマスコミや大学がそのような価値観を前提として打ち立てているからです。
ですから、就職がままならない時代に一人で生きて行く術というものを、誰からも教えてもらっていません。
ここにもう一つの悲劇がある。


私は、赤ちゃんからお年寄りまで、社会に生活している人はみんな「社会人」なのだと思っています。
それぞれが、社会を構成しているまぎれもない部分なのです。
もし「社会人」という言葉を使うのなら、そうした意味合いを持たせないと「社会」というものを間違って捉えることになります。
事実、(故意なのかどうかは分かりませんが)間違って捉えていると思います。


「社会」は、企業が動かしているもので、企業の景気が良くなれば、雇用も増えて、収入も上がって、税収も増えて、万事がうまく回るという幻想が、未だに跋扈している。
実際は、企業が収益を上げても、雇用は増えず、収入も上がらず、税収も増えず、景気は低迷したままなのが現代の仕組みです。


その陰で、年寄りとか、保育園とか、看護・介護とか、教育といったことは、どうしても「社会」の問題とは見なされない風潮になっていってしまう。
そういう懸念が「社会人」という言葉にはあると思うのです。
どうです? 「社会人」って言葉、やめにしませんか?
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