LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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3.11、民放テレビはどこも「震災番組」の特集を組んだようだが、私は一切見なかった。
見た人の話を聞くと、リポーターやアナウンサーやコメンテーターの「正義漢ヅラ」にはウンザリということだった。
いったい何が違うんだろう?


そこで思ったのだが、日本のテレビは番組を作る前から「落としどころ」を考えていると思うのだ。
「お涙ちょうだい」という「落としどころ」を先ず設定して、そこに必要な「映像」や「インタヴュー」や「コメント」を嵌め込んでいくという手法。
しかし、そうした手法はもう「決定的に古い!」と言わざるを得ない。そんなものは視聴者にとうに見抜かれている。
テレビはそれを知るべきだ。


海外ジャーナリストの報道の方がずっと優れていると思うのは、ジャーナリストとしての本人の矜持(きょうじ)の差が先ずは大きいとは思うが、「落としどころ」を設定して臨んでいない、ということがあるのではないだろうか。
外国人だから、当然、自国の視聴者に伝えることを考え、国民性の違いを強く意識するであろう。
そのとき「なぜ?」という疑問に、素直に向き合うことになると思うのだ。実はこれこそがジャーナリズムの原点だ。


ところが日本のメディアにはそれがない。「落としどころ」先ずありき。
それは、答えをあらかじめ知った上で試験に臨むようなものだ。


3月15日NHK-BS1放送の『震災後を歩く~海外ジャーナリストの見た日本 ドイツ:マリオ・シュミット』には、涙を禁じ得なかった。
「お涙ちょうだい」ではない方が、涙を誘ってしまうのだ。人が涙を流すのは、真実に触れたときなのだ。

家族を失うという痛手を受けながらも、自分の仕事をし続ける人たち。
いま必要とされているから、それをする。
ただそれだけなのだが、そこに感動を覚えるのは、その当たり前がなかなかできないからだ。
無私であり続けることの、揺るぎない強さ。


本当の人格者は、エリート層の中に居るのではなく、市井の人々の中に居ることを、まざまざと見せつけられた。
中でも、山本ヒデさんという看護師長さんにはLOVE感を抱いた。(*・・*)
人としても、指導者としても、お母さんとしても、本当に立派な方だ。


■『震災後を歩く~海外ジャーナリストの見た日本』再放送
NHK BS1 9:05~9:54
22日(木)『中国:崔永元』
23日(金)『ドイツ:マリオ・シュミット』
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