LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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厚労省広島労働局の落合局長という人が、平成16年施行の改正派遣法について「もともと問題があると思っていた。市場原理主義が前面に出ていたあの時期に、誰かが職を辞してでも止められなかったことを謝りたいと思っている」と語った、との報道を目にした。

この発言は、きっと省内でも政府内でも問題視されたことだと思う。しかし私はこういう発言が出てきたのはいいことだと思っている。
最近は人と会うと「暗い話ばっかりですねぇ」と言われることが多いのだが、自分の感覚は全く違う。自分にとっては、その前の10年の方が暗くて辛い時期で、今は逆に未来に希望が見えている。

そりゃあ自分だって生活はキツイ。でも表面的な成功の陰に隠れて様々な膿が溜まっていた時期よりも、その膿が噴出している今の方が、健全な方向に向かおうとしている分だけ、ずっとマシである。

喩えて言えば、昨日まで霜降りの牛肉と、まぐろのトロばかり食べていて「あゝ幸せだぁ」と思っていたのが、ついに狭心症を起こして、それまでの生活を反省させられている、というのが今の状態。
これからはしばらくの間、病気はもっと出てきます。狭心症だけじゃないよ、糖尿病もあるよ、実は脳梗塞寸前だよ、と。

ところがそれなのに、まだ霜降りの牛肉と、まぐろのトロを食べ続けたいという人がいるのだ。
食べ続けるべきだ、食べ続けるためにはどうすればよいか、と発想する人たちがいるのだ。しかも政府の中枢と経済界のトップに。

その人たちは言う。糖尿病で片足が壊死しそうになると、そこは切ってしまえばいい、残った体で神戸牛が食えれば、と。それが「苦汁の決断」だと言うのである。きっとこの人たちは死の床に着いてさえも、枕元で「マ、グロ‥‥」と言って絶命することだろう。

マスコミは目の前のセンセーションしか追わないので、「なぜこんなことになったのか」という検証をあまりしないが、重要なことなので改めて整理しておく。

今のいわゆる「派遣切り」問題に繋がる直接的な「因」は、冒頭にもあるように平成16年(2004年)施行の「改正派遣法」である。それが今回の世界恐慌という「縁」によって、「派遣切り」という「果」をもたらしたのだ。
政府も経済界もみな世界恐慌を「因」のように語っているがそれは責任転嫁のゴマカシである。事実は逆だ。世界恐慌はあくまで「縁」。「因」がなければ、今回のような「果」は起きないのだ。

さて「労働者派遣法」は、第一弾が昭和60年(1985年)に成立した。この時には先ず13種の政令指定業務に限ってのみ派遣が解禁された。それが何度かの改正を経て、平成16年(2004年)には問題の製造業にまでそれが認められるようになったのである。こうして派遣の自由化は、現在では26業務にまで拡大している。

最初の派遣法が施行された80年代後半は、現在とはかなり状況が違っていた。時代はバブル期で、新卒が就職に困るというようなことはなかった。むしろ人手が不足していた。そうした中で、一定の技能が必要な職種のみについては派遣を認めようということになったのである。

また労働者側にしても、個人主義が台頭してきた結果、日本的雇用の典型といわれた組織の縛りや長時間残業から開放されたいという欲求が強くなっていた。その時に、専門技能を活用することで契約本位で仕事が出来る「派遣労働」は、新しいワークスタイルとして大いに持て囃されたのである。

同じ時期、リクルートは「フリーター」という言葉を作って、アルバイト生活者にも同様のバラ色のイメージを付与させることに成功した。
いま派遣切りで苦しんでいる人たちには信じられないだろうが、当時は「正社員はイヤだ。フリーターになりたい」と自分から言う若者達が続出したのである。なお、1987年にはリクルート出資のもとに、その名も『フリーター』という映画が制作公開されている。

これがそもそもの派遣法の始まりだったのだが、90年代に入りバブルが崩壊すると、経営側にとってまことに都合のよい雇用確保のための法律へと変貌していく。
その主旨は大きく2つだ。
(1)より賃金の安い労働者を確保する
(2)雇用調整の安全弁とする
要するに、「合法的にいつでも切れる、安い労働力」を確保するためのお墨付きへと変化していくのである。

1995年には日経連(その後、経団連と合併)が、『新時代の「日本的経営」』を発表し、社員層のグループ分け管理を提言。正社員減らしを経済界全体の目標として掲げる。これを受けるかのように、99年の「改正派遣法」では、政令指定業務以外にも派遣が解禁される。日経連はさらに2002年には「移民受け入れ」を提言。そして2004年、小泉内閣の下で、製造業務への派遣労働がとうとう解禁された。

経団連はその後も、2005年には「White collar Exemption(労働時間規制緩和)」の提言や、2008にも再び「移民受け入れ」を提言している。
要は一貫して、労働賃金の圧縮と、雇用調整弁機能の強化を推し進めて来ているのである。

労働賃金については、正規と非正規社員との格差がよく言われているのだが、最近ではこの格差が、正社員の賃金圧縮のためにも利用されている。非正規社員があまりに安いと、正社員の賃金が高いことの合理的根拠が必要となる。このため、ホワイトカラー正社員の「蟹工船」化が起きているのである。

ところで、舛添要一大臣が秋葉原の事件を受けて以降、日雇い派遣や製造業への派遣に関し疑問符を投げかける発言を強めているが、果たしてこれを信用していいものかどうか。
舛添大臣は2007年に見送られた「ホワイトカラーエグゼンプション制度」導入に絡む法律案では、「残業代ゼロ法案」との批判を回避するために、これを「家庭だんらん法」と言い換えることを省内で指示しているのだ。

「後期高齢者医療制度」の時の「長寿医療制度」もそうだったが、舛添大臣はよっぽど言い換えがお好きなようである。そのネーミングセンスを問うても始まらないが、厚生労働省が経済界と組んで、一貫して人件費の抑制を目指してきたことは、これまでの経緯から明らかなのである。だからこそ、経団連名誉会長の奥田碩氏が「厚労省たたきは異常」と言って、マスコミからのCM引き上げの脅しをチラつかせたのだ。最近勢いづく共産党や社民党が「政治災害」だと言うのも、あながち無理はないのである。

ではなぜそのような、国民を不幸にするような政策を推し進めて来たのか、と問うと、話は次第にミステリーゾーンへと入っていくのである。それはまた次回に検討することにする。
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