LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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(つづき)
民放テレビを見なくなったのと入れ替わるようにして、見続けるようになったテレビ番組がある。
NHK BS1の「世界のドキュメンタリー」である。
僕はここで放送された番組の、たぶん8割は確実に見ているように思う。


とにかく、ドラマよりもずっと面白いのだ。
現実を切り取ったものの方が、ドラマを追い越してしまったと言える。つまり現実の方が、ドラマよりもよほどドラマティックになってしまったということだ。
これがいいことなのか、悪いことなのか。
たぶん悪いことなんでしょうね。現実にドラマティックな要素が溢れているということは、人々が平和に暮らせてはいない、不幸な社会が世界中に蔓延しているということだから。


ドキュメンタリーを見続けて解ったことがある。
一つは、民衆というのは、世界中どこもさして変わりがないのだということ。
何を幸福と感じているのか、何を希求しているのか、何に苦しんでいるのか。
根っこの部分はどこの国の、誰でも一緒。人に変わりはない。
だから、ここにスポットを当てれば、世界中の人々は解り合えるはず。


ところが、それを解り合えなくしてしまう仕組みがある。
それが国家であり、イデオロギーであり、宗教であり、経済圏なのである。
要は「枠組み」だ。
「枠組み」がそこに所属する人たちを規定してしまい、垣根をつくってしまう。
だから人々は解り合えない。それどころか、むしろ敵対する。


そして、「枠組み」ありきで発想することを当然と考え、「枠組み」を作ることを使命とし、「枠組み」の維持に情熱を傾ける一部の人たちがいる。
それぞれの「枠組み」の指導者である。
民衆は、こうした指導者によって支配され、指導者層(つまりは支配者層)にとって都合のいいような教育(実は洗脳)がなされ、家畜化されてしまう。


マスメディアとは、そういう家畜を飼いならす道具なのである。
外に向かっては「枠組み」を強調し、内に向かっては支配者層にとって都合のいい「幸福論」を説き、時々ガス抜きのための「興奮」(娯楽)を与える。そうやって洗脳していくわけである。


昨年の6月、僕はフィリピンの語学学校に一ヶ月ほど行ったのだが、そこで韓国人の元軍人とこんな話になった。
「韓国の人って凄いよね。日本の国旗を焼いたり、首相の写真を踏みつけたり」
「いや、あれは一部の人なんだ。大多数の韓国人は日本に憧れを持っていて好きなんだよ」
「へーそうなの。でもTVで見る映像はそんなのばっかりだよ」
「そんなこと言ったら、韓国だって同じだよ。日本人の嫌韓の人のデモとか、そんな映像ばっかりだよ」
「そうなんだ。日本じゃおばさんなんか韓国ドラマのイケメンに夢中だよ。日本人の男なんて弱っちくて人気がないんだよ」


パンとサーカス」(大衆には「喰いもの」と、怒りのエネルギーを解消させる「興奮」を時々与えてやりさえすれば、簡単に支配ができるんだぜ、というローマ帝国が用いたノウハウ)は、今も生きているのだ。
「大衆なんてアホなんやから『パンとサーカス』さえ与えておけばそれでええねん」ちゅうわけだ。
だから、「パンとサーカス」に、簡単に引っ掛かっちゃいけないんだよ。
「サーカスを楽しむな」とは言わない。
でもその背後にあるものを見抜かなくちゃね。


もう一つ解ったことは、ドキュメンタリーを見て初めて知ることと、日常のニュース報道との、真実に関するあまりにも大きな隔たりだ。
ニュースは真実を伝えない。所詮、国家の枠組みの中で、情報統制されたものだから。
福島原発事故の報道を思い出してもらえば、それが如実に解ると思う。
対して「ドキュメンタリーが真実を伝えている」とは必ずしも言い切れないが、「真実に迫っている」とは言えると思う。


ドキュメンタリーというのは報道とは違う。そこには、それを作った人の「作家性」が入り込む。つまり現実を切り取る「視点」だ。
僕は、だからこそ、誰が撮って編集しているのかも解らない報道よりも、信憑性が高いと思う。(もちろん反対のリスクもあって、森達也さんなんかはフェイク・ドキュメンタリーを創って、そのことを実験しているのだが)


だけど、「真実」と「事実」は違う。「真実」とは「事実」の背後に隠れたものだ。
現実を切り取った瞬間、そこに定着させたものはすでに「事実」ではないわけで、重要なのは「真実」だ。
作家が「真実」を追究していないのであれば、やはりそれなりのものしか映像には写らない。今の観客はそれを見抜いてしまうと思う。


ところで、そうやってドキュメンタリーを見続けた結果、困ったことが起きた。
フツーの人とは持っている情報の質と深さが、著しく乖離してしまったのだ。
たとえば、昨年の11月26日に放送された『21世紀の戦争 サイバー攻撃の恐怖』というドキュメンタリー。
これは「スタックスネット(STUXNET WORM)」という新種のコンピュータウィルスによるサイバー攻撃の全貌を描いたものであったが、いったいどれくらいの人がこれを観て、またどれくらいの人が関心を抱いたであろうか?
僕などは「こりゃあ、どえりゃーことだ」と思い、ゾッとしたのだが‥‥。


「スタックスネット」の話というのはこうである。
2010年、かねてから核開発が疑われているイランのナタンズ核燃料施設が何者かにサイバー攻撃された。
これは、ドイツのシーメンス社製核濃縮プラントの制御を不能にするウィルスで、しかもそれはナタンズ核燃料施設だけを標的に作動するように設計されていた。


ナタンズ核燃料施設は、こうしたサイバー攻撃を予測して、外部とつながるネットワークは持っていなかった。
ところが攻撃をしかけた側は、まず世界中にこのウィルスをばらまき、これに感染したコンピュータからUSBなどのメディアを経由し、独立してあるナタンズ核燃料施設にもいつか感染が広がるだろうと考えた。そして実際、そうなった。
イランが、そんなもの「要らん」と言っても、通用しないのだ。


幸いイランは、大惨事に至ることなくこれを防ぐことができたのだが、ウィルスを調べてみると大変なことが解った。
この「スタックスネット」はセキュリティホールを4箇所も狙ったもので、シマンテックなどの対策機関もお手上げの、事実上対策不可能な高度なものであったという。
そして、このウィルスのクォリティの高さや開発に至る資金量を考えたら、そんなことをやれたところはあそこしかないという結論に達する。


「イスラエル軍」である。
番組では、これをイスラエルの仕業であるとは断定していなかったが、シーメンス社のあるドイツ政府はイスラエルの仕業と言い切り、イスラエルの関係者も明確に否定はしなかった。
しかし状況から見て、「イスラエル軍」の仕業であったことは疑いようがない。


・対策不可能な新種のコンピュータウィルスの出現。
・いまや核施設を狙って破壊できることの証明。(当然、爆発や放射能汚染が起きる。だから攻撃用の核爆弾を持つ必要がない)
・国家という存在によるテロル。
・戦争という概念の修正。
・アメリカも知り得なかったイスラエルの暴走。
・しかも国際的ハッカー集団「アノニマス」がこの「スタックスネット」のコードを手に入れたと発表。(核を手にしたと同じ意味になる)


こういった大問題が「スタックスネット」には全部含まれているのだ。
イスラエルからはイランは遠過ぎて、戦闘爆撃機による破壊活動は行えない。(途中で燃料切れになり、空中給油機を必要とする。またシリアかイラク、あるいはサウジアラビアの上空を通過しなければならない)
それだったら、サイバー攻撃の方が、はるかに安上がりに済むし、実行性も高いのだ。
まさに21世紀の戦争概念を変えた出来事だったわけである。


「こりゃあ、どえりゃーことだ」と思った僕は、そこから「なぜ?」という興味を膨らませてゆく。
すると、ウィルスのこと、シーメンス社という企業のこと、モサド(イスラエルの情報機関)のこと、アメリカとイスラエルとの関係、アメリカ社会にいるユダ人のこと、さらにはパレスチナ問題から、ユダヤ人とはそもそも何か、そしてモーセやエクソダスのことまで調べるということになっていく。
こうなると、フツーの人とは、持っている情報の質がかけ離れていってしまうのだ。


なんにも知らない人に「2010年にさぁ、イスラエルがイランの核開発施設にサイバー攻撃しかけたんだぜ。それでその暗号を解読したハッカーも出て来たんだよ。このウィルスがあれば、原子力発電所を狙ってテロもできるんだぜ。核爆弾不要で、安上がりに敵を核攻撃できるようになったんだぜ」と言ったとしよう。
まず最初のひとことで、フツーの人は、「こいつアホか?」と思うであろう。
そこでさらに、モーセだのエクソダスだのまで話題に出したとしたら、「この人、新興宗教に洗脳されているのかしら?」と思われるであろう。


だから、深い情報を知れば知るほど、共通に語り合える人が少なくなって、孤独になっていく。
昨日も、最近ご無沙汰していたある会合の主催者から電話があって「なんで、最近出て来ないんだ」と。
こっちは(出てもつまんないから)だけなのだが、「そうやって、社会に背を向けていないで‥‥」って言われてしまった。
(いや‥‥社会に背を向けているわけじゃないんだけど‥‥そうじゃなくて‥‥)
真正面から社会を深く見つめようとすると、逆に、世間からは「背を向けている」と言われてしまうのだ。


やっぱり、AKB48とか、なでしこジャパンとか、石川遼くんとか、株が上がったとか下がったとか、犬とか猫とか、そういう(僕にとってはどうでもいい)ことを言っていないと、世間から「背を向けている」ということになってしまうらしいのだ。
一般ピープルからすれば、スタックスネットとか、イスラエルとか、パレスチナ問題とか、アノニマスとか、そっちがどうでもいいことになっちゃう。
そんなこと知ったところで、オレの収入と関係があるのかと、今晩のおかずが一品増えるのかと。
 

僕のブログの更新回数が少ないのは、決して考えていないわけじゃなくて、考え過ぎて、調べ過ぎて、そこで得た情報量と、書くスピードが全く合わなくなっているためなのだ。
考えたり分析しているうちに、こんなこと言ってもどうせ信用されないだろうな、という思いが高じて来て、ひどいときには失語症になってしまうというわけ。


「スタックスネット」のことも、僕は「どえりゃーことだ」って思ったけど、同じように思った人、どれくらいいるのかな?
でもまあ今は、どこかに理解してくれる人もいるかもって、楽観的にとらえている。
少しずつだけど、一般ピープルの意識も変わって来ているしね。
1月23日のフランスのTVニュースで、このイスラエルの、闇の攻撃のレポートをしていた。
それによれば、イスラエルは「サイバー攻撃」と「イラン核開発技術者の暗殺」という二面作戦を展開しているということだ。
イランでは、核開発技術者が次々とモサドと思われる者たちに暗殺もしくは行方不明にされているという。
もちろん闇の攻撃だから証拠はないのだが、フランスのTVは暗にイスラエルの仕業である事をほのめかしていた。
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