LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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あの10年間の「就職氷河期」がまるで嘘であったかのように、いま大学卒の就職戦線はかつてない活況を呈しているらしい。一時期あった就職協定も廃止され、企業は青田買いに走って内定を乱発。リクルート関係のサービス業各社も業績好調でホクホク顔らしい。

この背景にあるのは、団塊世代の大量退職への備えである。また製造業などでは、「就職氷河期」の長期に渡る採用手控えから社内の年代構成にいびつが生じ、技術伝承が行われなくなっていることに対する強い危機意識が生まれてきているのだという。

こうして活況を呈してる今の就職戦線だが、一方の学生は、企業があまりにも簡単に内定を出すことに「自分を本当に必要としているのだろうか」と逆に不信感を抱き、「もっとよい会社があるのではないか」と内定後も就活が止められないのだそうだ。人材確保を至上命題に青田買いに走った企業は、卒業までの期間が長過ぎて、他に乗り換えられてしまうという皮肉まで起こっているようだ。

それならば、なぜ職にありつけず苦しんでいる「就職氷河期」世代を雇用しようとしないのだろうか?企業がいまだに「新卒」にこだわる理由が解らない。「新卒」にこだわるのは、俗にいう手垢のついていない人材を、我が社流に染め上げたいから、ということらしいのだが、入り口がそうであっても、終身雇用という出口はもう保証されなくなっているではないか。

それに、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が3年以内に離職するという「七五三現象」が言われるご時世では、新卒者に施す教育費がバカバカしいという声も耳にする。
私が知っているある業界トップ企業は、新卒者の募集を一切行っていない。社員全員が中途採用である。これも一つの英断だと思うが、その企業にとっても明らかなメリットがある。

いまの時代に必要な人材とは、「考えられる人」である。自ら「アイデアを生み出せる人」である。そのためには「異質な刺激」「多様な考え」に日常的に触れることが非常に重要になってくる。その意味で、中途採用しか採らないという英断には価値がある。実際この企業は非常に提案力に優れており、次から次へと新しいアイデアを出してくるし、社内のチームワークもとてもよい。

この時代に、我が社流に染め上げた人間ばかりの会社で、そこからどんな知恵を生み出せるというのだろうか? 自分にははなはだ疑問だ。もしかしたら、企業は新卒採用でない限り「ファミリー」が創れないと思っているのかも知れない。しかし中途の寄せ集めだって「ファミリー」は創れる。今週発売の『Number』は野茂英雄特集だったが、トミー・ラソーダは野茂や南米から来た選手を集めて、ちゃんと「ファミリー」を創ったのだ。要は、親や、兄ちゃん、姉ちゃんの愛情次第なのだと思う。

さて、就活に向かう学生も情けない。男も女もファッションを見るともう真っ黒だ。それはまるで「私は、いかようにでも染まります」と恭順の意思を示しているかのようだ。いや真っ白ではなく真っ黒だから、「周囲には一応合わせますが何色にも染まりませんよ」というささやかな抵抗なのか? 昔は違っていた。他の人とどう違う格好をするかに頭を悩ませていたと思う。こういう今どきの学生さんたちの感覚が解らない。就活は「お見合い」なんだから、自分の個をもっと出さなくてはダメだと思うのだが‥‥。それを一山いくらで売ってどうするんだろうか。

スーツを着るのはいい。しかしスーツをサラリーマンの作業着にしてしまってはダメだ。まだ若いのにいきなりそっちから入っていってどうするの? そのまま行って10年したら、つまんないオジサン、オバサンになっちゃうよ。企業も学生さんも、もし「ファッションにうつつを抜かすような人間は企業戦士になれない」とでも考えているのだとしたら、とんでもない時代錯誤だ。ファッション感覚はライフスタイルの重要な一部である。「ファッション音痴」は即「生活音痴」ということなのだ。学生さんはスーツのかっこいい着こなしこそを、この就活の機会を利用して学ぶべきだ。採用する方も、着こなしのセンスを見抜き、評価して欲しいと思う。

さて話を戻して、企業の方々にはフリーターの人たちにぜひ就職の機会を与えてあげて欲しい。企業からすれば<フリーターではその間の技術能力の蓄積がない>と見なすのかも知れないが、「人材」確保で重要なのは「能力」よりも「人格」である。いくら「能力」が高くても「人格」が磨かれていない人間は、これからは信用されないのだ。今なぜ経済界でとんでもない不祥事が次から次へと起こっているのか? みな「人格」不足に端を発しているからではないか。サブプライムローン問題を見よ。「能力」では非常に長けた人々が、こうしたとんでも問題を起こしてるのである。

これからは、企業は、90年代なかば以降のあまりにも能力主義に傾いた視点を、「人格」中心に戻していくべきだと思う。そのときに、フリーターの人たちが経験した生活や苦悩や痛みが生きてくると思う。フリーターの人たちも、諦めることなく、時代に埋没することのないように、周囲をよく観察し、工夫し、腹筋を鍛え、備えておこうじゃありませんか。

【追伸】これを書いた後、米国の金融危機に端を発した未曾有の不景気が日本を遅い、就活の状況は一変しました。それにしても、この急展開は早かったです。
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