LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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1992年、宮崎儀一氏の『複合不況』という本がベストセラーになりました。80年代末の、あの狂乱のバブル経済が崩壊し、一般庶民の暮らしにもその影響がそろそろ出始めたころです。


そのころは「鬼より怖いデフレスパイラル」などと言われ、その後の日本の経済状況を心配する声が非常に高かったのです。
ところがどうですか? 本当に「鬼より怖いデフレスパイラル」に陥ってしまったというのに、今では心配する声すら聞かなくなってしまいました。


一種の「不況慣れ」なのでしょうが、政治家も、経済学者も、アナリストと称する人々も、一応「不況をなんとかしなければ」と言いながら、未だになんともできないじゃありませんか?
これって、どういうことなのでしょうか?


宮崎儀一氏の『複合不況』論というのは、<世界経済を動かしているものは、もはや実需取引ではなく、金融取引に大きく移行してしまった(つまり複合した)>から、単なる景気循環論や、在庫調整や、金利操作や、公共投資では、不況を解決できない、ということを語っていたと思います。


それ自体は、今にして思えば大した指摘でもないのでしょうが、その時期に語ったということに意味があります。そして実際にその指摘どおりでした。
ところが、政治家も、経済学者も、アナリストも誰も、そうした「複合不況」を過去に経験したことがないし、解決の処方箋も知らなかったわけですね。


いやむしろ、その後積極的に「金融取引」中心の経済に政策を転換していったわけです。


私にはその後の政治が、どのように進行して行ったかが、非常によく解ります。
簡単に言ってしまえば、節目、節目で、アメリカの意向を強く受けた政策を推進して行き、それをあたかも「正しいことだ」とマスコミを通じ庶民に信じ込ませて行った。その歴史‥‥。


その結果が、今現在にあるのです。
昨日から今日、今日から明日への変化は、微々たるものにしか感じられません。
しかし20年というスパンを振り返ってみると、そこにはある方向への意図的な誘導があったことがハッキリと解ります。


いったいそこに何があったのか?
為政者は、そうすることが本当に正しいことだと信じていたけれども、結果が違っていたということなのか?
それとも、最初から庶民切り捨て、特定層への利益誘導を画策していたのか?


私は、後者であったと思います。
だとしたら、アメリカに魂を売った為政者がこんなにも大勢居て、今でも大手を振って歩いているというのは、どうしてなのでしょうか?
何かの密約があったのでしょうか? それとも自分の利益や保身を考えてのことなのでしょうか? それとも日本人でありながら日本人が憎いのでしょうか?
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実家に帰った折り、姉がお付き合いで講演会を聞きに行くというので、留守番をしました。
帰って来た姉から話を聞くと、○○総研のその女性コンサルタントはこう語ったそうです。


「洞爺湖サミットで使われたホテルは、一時経営破綻に陥ったが、その後富裕層に的を絞って再生した。だからこれからは富裕層を狙えば儲かるし、地方もそれで活性化する。東京では家事労働はもう自分でしなくなっている。だからそこにビジネスチャンスがある。」


私はそれを聞いて、まだそんなことを言っているコンサルタントが居るのかと思いました。
姉も「だからって、儲けてどうするのよ? それが別に幸せだとは私は思わない。あっちこっちに行って、きっと同じこと喋ってるんだろうけど、みんながそれをやったらすぐに結局過当競争になるじゃないの。」


私も以前コンサルタントでしたから、コンサルタントの手口はよーく解ります。
成功事例をいっぱい並べて、オーディエンスをその気にさせて、ある方向に誘導していくのです。もちろん、自分たちが潤うためにね。
でも、成長神話とか成功モデルは、もういいのではないでしょうか? 姉の言うように、そんなものが幸福と錯覚していた時代は終わったと思います。


それに私は、この女性コンサルタントの発想が嫌いです。
「家事労働はサービス機関に任せればいい」と言いますが、そうしたサービスを行う側は、大抵が低廉な報酬しか受けられずに過酷な労働を強いられています。それで新しい産業が起こるという人もいますが、産業化して儲かっているのは、結局は投資家だけなのです。


投資家という人たちは、働く人を道具としてしか見ません。投資家にとっては、利回りだけが関心事であり、土地、建物、金銀、為替、先物取引、債権、などと同一の延長上に儲かる産業への投資(つまり株)があるのです。
確かに新しい産業が起こるでしょうし、それで雇用も生まれるでしょう。しかし私は、このような差別を生み出す産業構造を理想社会だとは全く思いません。


「アメリカ帰りの優秀なコンサルタント」というブランド力に負け、信用してしまう人もいるでしょうが、今日のような階級社会と雇用不安を生み出した現況は、そのアメリカの思想にあると私は思っています。そしてその強欲の報いが、金融不安という形で、いま全世界を覆っているのです。


いったいいつになったら気がつくのでしょうか? 富裕層の人々というのは一生気がつかないのかも知れません。
90年代まで、世界の家電市場を席巻していたのは日本のメーカーでした。でも最近はリストラのニュースしか聞きませんね。20年ほどの間に、いったい何があったのでしょう?
代わって表に出て来たのが韓国のサムソン電子やLGエレクトロニクス。自動車やエンタテイメント分野や貿易も、韓国の躍進ぶりが目立ちます。


さぞかし経済が好調かと思いきや、若者たちが貧困に喘いでいるというのです。


韓国は小国でもともと国内需要がそれほどありません。そこで貿易による経済活性化を目指したのですが、その背景には1997年に経験した通貨危機(国家破綻の危機)がありました。
この時IMFの支援を仰ぐことになり、その条件として、金融機関のリストラと構造改革、外国資本投資の自由化、労働市場改革などをIMFに約束させられたのです。


どこかで聞いたことありませんか? そう、小泉改革が推進した方向と同じです。
IMF(国際通貨基金)は国連の専門機関で、本部はアメリカのワシントンD.C.にあります。この機関は、第二次世界大戦後、通貨と為替相場の安定化を目的として設立されたというのですが、WTO(世界貿易機関)と同様、世界経済をある方向に導こうとしていることは間違いありません。


問題はそれが誰の利益になっているかということです。


韓国経済は貿易中心に成り立っているため、貿易関連企業に勤められた人は給料がいい。
そこで若い人たちは学歴社会を勝ち抜こうと、こぞって大学へ進学するのですが、そうした好調企業に勤められるエリートはほんの一握りで、大多数は大学を出ても就職ができません。そこで仕方なしに時給のアルバイト生活をせざるをえないのですが、その賃金が日本円で250円~450円くらいだというのです。


好調に見える韓国経済の裏はそんなふうになっている。
こうした激しい経済格差は、皮肉なことに、韓国の経済成長によってもたらされているのです。


日本にいると、日本のことがよく解りません。
しかし韓国の現状を見れば、その背景にある問題は、実は日本も同じであることが解るでしょう。


政財界は、長らく次のようなロジックを使っていました。
経済を成長させれば、人々の生活がよくなる。
経済を成長させるためには、貿易と金融と労働市場の自由化が欠かせない。
さらに、
経済成長を為すには電力が不可欠。よって、原発は不可欠だ。


そして今も、政財界と御用学者は、このロジックを押し通しています。
でもそう言い続けて、20年間も(20年ですぞ!30歳以下はバブルなんて、なんのことか知らんのですぞ)不況が続き、人々の生活は苦しくなるばかりではないですか。


こういう人物がもし会社の社員だったら、とっくにクビになっていますよね。
はっきり言って「無能」です。口だけの人です。
ところが、政財界や御用学者の人々はクビにならない。「無能」ほどのさばる。長生きする。それはヘンです。
電気料金の値上げ

9月7日、東京電力から「電気料金値上げのご案内」という文書が届いた。
中を開くと「9月1日からの電気料金値上げの内容をご案内させていただきます。」とある。
事後承諾である。まあ、そういうタイミングを狙ったんでしょうな。


福島第一原発の事故が起きた直後から、「ああ、こりゃ電気料金の値上げに転嫁するんだろうな」とは思っていたが、事故後1年半のタイミングで実施したわけである。


一応、経産省の委員会での審議や公聴会の開催、消費者庁による検討、内閣府消費者委員会でのヒアリング、物価問題に関する関係閣僚会議といういくつものハードルを経て、経産省の大臣認可で決まったと書いてあるが、こんなものは最初から落としどころを決めたあとで、テキトーにでっちあげているに過ぎない。


東京都民の生活は、福島第一原発事故で直接被害を受けた方たちの犠牲の上にあるわけで、応分の負担は仕方がないと思っている。
しかし、今まで一人の逮捕者も出していないまま「料金値上げ」とは、いったいどういう了見なのだ!
日本国の国土を実質的に奪い、多くの人々の住宅を取り上げ、生活まで破壊した。その責任はどうするんだ。


これまで、東京電力はじめ電力業界は、有名タレントを使い、多額の広告宣伝費を使って、デタラメの「安全神話」を国民に吹き込んで来た。その多額の広告費で、広告業界もマスコミも多いに潤った。


だがその金はどこから出ていた? 別に勝俣が出していたわけじゃないんだゾ。利用者が払っていた電気料金からじゃないか。
だったら、それを横取りして使ってた連中に、先ず弁済させるのがスジではないか? 「安全神話」がウソだったんだから。


それをいけしゃーしゃーと「Q.どうして値上げが必要なのですか?」だと。
東京電力の社員が全員、極悪人だというつもりはない。
もし自分が社員だったとしたら、やっぱり困惑するだろうが、「何が正しいことなのか、いま何をすべきか」ということは真剣に考える。


東電社員で、会社を私物化している上の連中の行状を知っている人たちは、ぜひ「告発」をしていただきたいと思う。
「エネルギー問題」と聞いて、何を思い浮かべますか?
化石燃料に変わるクリーンエネルギーは何か、ということでしょうか?
それとも、原子力発電の是非についてでしょうか?
はたまた、メタンハイドレートやシェールオイル、シェールガスなど新たな化石燃料の利用のことでしょうか?


このようなことを先ず思い浮かべるのが常識だとするならば、私たちは「エネルギー問題」に関して、すでに相当「洗脳」されているということになります。


原子力発電は言語道断ですが、だからと言って、太陽電池や水素燃料自動車や電気自動車がクリーンかというと、そんなことはまったくありません。
太陽電池も水素も電気も、元は化石燃料を使用して作られます。これは一種のごまかしであり、迂回生産に過ぎないのです。


アメリカのオバマ大統領は、2009年、就任時の議会演説でいわゆる「グリーン・ニューディール政策」を高らかにぶち上げました。が、2011年になってシェールオイル、シェールガスの実用化に目処がつくと一転、これを「脱中東」を成し遂げるアメリカの救世主として、熱狂的なエールを送っています。


実にいい加減といいますか、結局のところ、私たちは何が正しくて何をどうすればいいのかさえ、よく解ってはいないのです。


地球温暖化の原因は、今日では炭酸ガスの増加によるものとされていますが、これすらも本当かどうかは実のところ解ってはいません。
元副大統領のアル・ゴアは、アカデミー賞を受賞した映画『不都合な真実』で、炭酸ガス犯人説のキャンペーンに努めたわけですが、根拠とされた「ホッケースティック曲線」が、恣意的に作られたものであったことが後に判明しています。


ここに、私たち一般人が聞かされていない、別の「エネルギー問題」があります。
いまエネルギーと言いますと、化石燃料を燃やすか、送電線を使って送られて来る電気エネルギーが主要な位置を占めているわけですが、これらは共に巨大なシステムによって運営されています。
石油の供給がストップしたら自動車は動きませんし、電線を家に引き込まない限り電気は利用できません。


つまり私たちは、それらを運営している大元に、生殺与奪(せいさつよだつ)の権利を握られているということになります。と同時に、それは莫大な利益が独占的にそこに流れ落ちる仕組みになっていることを意味します。


彼らにとって、もっとも不都合なことは何でしょうか? この独占権を取り上げられるか、またはシステム自体が機能しなくなってしまうことです。
そこで独占権を維持するためには政治と癒着する必要があり、機能を維持し続けるためには、革新的な代替エネルギーの登場を阻止する必要があるのです。


福島第一原発事故後の、東電と政府とマスコミの動きで、そのことがよく解ったでしょう?


もし、各家庭が個別にエネルギーを生産することができたとしたらどうでしょう? 送電線も石油も原発も、必要ありません。
これは既存のエネルギー産業を崩壊させるだけでなく、それと癒着した政治もひっくり返すほどのインパクトをもたらします。
またエネルギーを得るための(賃金を稼ぐ)労働も必要がなくなりますから、労働概念を一変させてしまうかも知れません。


実はこうした夢のようなエネルギーは、ずっと前から開発されていました。
いわゆるフリーエネルギーというものがそれで、宇宙に無尽蔵に存在する、通称エーテルからエネルギーを取り出す技術です。


しかし先に述べた理由によって、これらのエネルギーの実用化は未だに阻止され続け、大衆の目をごまかすためのまやかしの「エネルギー問題」が、意図的に流布されて来たのです。
でも真の「エネルギー問題」とは、それではありません。
本当の「エネルギー問題」とは、フリーエネルギー技術の実用化を阻止していることにあるのです。
アセンション

7月26日に掲載した「人類支配者の正体(12)」で、私は次のように書いた。
ところが、その後の学習で、認識が誤っていたこと、理解が浅かったことが解った。


<ややこしくしてしまうのは、近年言われるアセンション問題とも絡んで来るのであるが、この「次元」とは、数学で言うところの「Dimension」ということではないのである。これは、正しくは「Spritual Density(霊性密度)」のことであり、その別称として手っ取り早く「次元」と言っているのである。つまり同じイニシャル「D」でも意味が違うのだ。


これはプロ(?)も混同していて、我々の住む物理世界の「三次元」に時間軸を加え今を「四次元」とし、これがアセンションによって今後「五次元」に移行すると言っておられる方がいるのであるが、それは取り違えているわけである。
正確には、「第三霊性密度」から「第四霊性密度」への移行が、今度の地球のアセンション(次元上昇)に当たる。>



霊能者やチャネラーの多くが、2010年~2013年にかけて起きるとされるアセンション(Ascension:次元上昇)について、「三次元」から「五次元」へ移行すると言っているのは、上に書いたような<取り違え>などではなく、確信的に「五次元」へ移行すると語っているのであった。言ってみれば、2階級特進である。「四次元」をすっとばして「五次元」へ行くと言っているのであった。(この点、訂正しておきます。)


私は、チャネリングの情報の中では、ドン・エルキンズらのグループが1962年から1981年まで19年間掛けてコンタクトした『ラー文書』に、特に信頼を置いていた。
なぜかというと、
第一にドン・エルキンズは霊能者ではなく、機械工学と物理学の教授であったこと。その職を辞して、ちょうどロバート・モンローやスェデンボルグのように、晩年、地球外生命体との交信をすることを目的に研究に没頭した、その成果が『ラー文書』なのであった。


第二に、『ラー文書』のメッセージの媒体(霊的に交信しメッセージを降ろす人)となった人間は、ドン・エルキンズの教室の女子学生でやはり霊能者ではなかった。その彼女が、繰り返しの訓練によって、優秀な媒体に育って行ったのである。(もっとも、この世に偶然はあり得ないので、そのような潜在能力を元々持った女子学生が、ドン・エルキンズの教室に必然的に入ったとも考えられる)


第三に、ドン・エルキンズの研究グループに降りたメッセージのソースが、紀元前1350年ごろエジプトのファラオであったイクナートンにコンタクトした「RA」だと、自ら名乗ったことによる。イクナートンは、世界史上初の「oneness:本当の一神教」を打ち立てた人物として知られるが、その基に、地球外生命体とのコンタクトがあったことを知って私は大いに驚いたし、かつ納得がいった。


第四に、この「RA」が降ろして来るメッセージの精緻さ、正確を期そうとする姿勢には驚くべきものがある。
媒体となった女子学生がとうてい知り得ないこと、ぜったいに言わないだろうと思われる言い回しや、必要以上のくどくどしさ。「RA」自身が、いったん語ったあとしばらく後のセッションで、計算間違いなどを訂正してくることもあった。これらの点に「これは本物だ」と思わざるを得ないものがあったのである。


この「RA」が予言したアセンションは、「三次元」から「四次元」への上昇であった。またその内容やメカニズムに関しても、私は充分納得がいった。
しかし、『ラー文書』の一巻目が記されたのは、今から50年前の1960年代である。
先の「五次元」上昇説を説く霊能者やチャネラーは、その後「霊界事情が変わった」と主張するのであった。
ではいったい、何がどう変わったのか?


第一に、1999年頃に予定されていた人類の破局(カタストロフィー)のシナリオは回避されたと言うのである。
第二に、その理由として、1995年前後をもって、人類の利己愛のネガティブ・エネルギーが衰微し、代わって利他愛が増幅したからだと言う。
第三に、これら人類の覚醒をさらに応援するために、宇宙からいま大量の光のエネルギーが降り注いでおり、人類のDNAを変えていると言うのである。
第四に、それらの結果、「四次元」(いわゆる地獄などを含む、輪廻転生のある霊界)がいま縮小に向かっていると言う。
第五に、そのため、来るアセンションでは、「三次元」から「五次元」へのジャンプが人類にもたらされるというのであった。


これには、頷ける部分と頷けない部分とがある。
人類の利己愛のネガティブ・エネルギーが衰微したと言うが、世間を見ると、ますます増幅しているように見えるではないか。それに環境破壊はいっこうに止まないし、異常気象は年々激しさを増している。
しかしそう見えるのは、相変わらずそこを煽り続けるマスコミや政府のせいであって、一般民衆を霊視すれば利他愛が増幅しているのかも知れない。


領土問題や内戦、飢餓、貧困、欧米諸国の横暴、資源の争奪戦などは増々ひどくなっているが、確かに、今まで大衆が知り得なかったイルミナティの支配が、内部告発が進み一般大衆の耳にも届くようになったし、金融システムはもはや破綻寸前。マスコミや政府を信用しない大衆が増え、世界中で反政府のデモが頻発し、大災害が起きても人々の助け合いが多く見られるようになった。


第三の、光のエネルギーの増加については、私ていどの者でもある程度知覚できる。
それと、自分が瞑想をしても最近はなかなか地獄を訪問できなくなっていたのだが、「四次元」が縮小したのだとすればその理由も頷ける。
しかし私は、今まで何人かの霊能者に接してきて、霊能者という人々は、信頼に足る人が非常に少ないと感じてもいる。また信頼できそうな人でも、発言を100%信じることはとてもできない。言っていることのせいぜい半分だ。


理由は、先ず、チャネラーの多くが完全な「媒体」になってはいないということ。多くのチャネラーが、自分でチャネリングしたメッセージをそのすぐ後に自分で語っている。
完全な「媒体」になるためには、「媒体」が話すメッセージを記録する人間が別に必要なのである。
なぜなら、「媒体」がコンタクトしているときには、完全に「無私」になってしまうからで、自分が話したことを記憶することはできない。


だから「霊視」したことを、その場ですぐに自分で語っている霊能者は、かなりの程度「自分」というものが入っているのである。そうなると、人間としてのその人の資質、性格、育ち、思想、慈愛、知識、教養、語彙などが、相当に影響してきてしまうのであった。
そういうことが解らないので、霊能者が語る言葉は100%神の言葉と思い込み、みな騙されるのであるが、逆に言えばそこに個性(人間性)が出るので、こういう霊能者は「教祖」に成れるのである。


二番目に、降ろして来ているメッセージの、ソース(Source)が問題である。
質の悪い霊能者は、ソースを「神様から」と簡単に言ってのけるのであるが、神様にもいろいろあって、正直にたとえば「艮(うしとら)の金神」とか特定の神様を言う人はまだ信用してもよいのである。
しかし、根源神からメッセージを受け取ったと主張する人は怪しい。
私は、それは理論上あり得ないと思っている。もし自らメッセージを語ったとしたら、それはもはや根源神ではない。何も語らないからこそ全能であって、何かを語ったら限定された有能になってしまう。それは矛盾である。You know ?


したがって、ソースというものはいわゆる「ホワイト・ブラザーフッド(白色同胞団)」のような高次の霊団や、他の惑星の霊、宇宙人、地底人、神に擬せられた存在、その眷属(従者)、などになるのである。
さらにもっと質の悪い霊能者は、地獄に行った低位の宗教者の霊とつながってしまい、そのメッセージを「神の言葉」と錯覚して降ろしてくる者も少なくないので、よほど注意しないといけない。


問題は、これらのソースにもポジティブ・グループ(利他愛を説く)と、ネガティブ・グループ(利己愛を説く)があって、霊能者はどうもそれを自分では区別できないようである。自分が受け取ったメッセージを、多面的に多元的に検証してみようという研究熱心な霊能者は、残念ながらほとんど居ない。
(なお、ついでに言うと、利他愛も利己愛も究極的には同じになってしまうのであるが。それは奥伝であるので、ここでは解説しない。)


ネガティブ・グループとつながったチャネラーは、やたらと恐怖を煽るような予言を降ろすのが特徴である。
なぜかと言うと、それがいちばん人々の関心を引きやすいし、そもそもネガティブ・グループの目的は恐怖と混乱をもたらすことにあるからであり、そういう同じような波動にある媒体を選んでメッセージを伝えて来る。


しかしもちろん、大抵の場合その予言は当たらない。するとそうした霊能者は「私が、神様にお願いして抑えました」とか「時期を先送りにしました」と言って、しばらくするとまた新たな恐怖の予言を降ろして来るのが常なのである。
冷静に見れば、詐欺師のようなものであるが、こういう霊能者本人はそういう自分を信じきっていて、自分の霊能に全幅の信頼を置いているので、それがおかしいという感覚は全く持たないようである。


さて前置きが長くなってしまったが、「五次元」への上昇とは何を意味しているのであろうか?
ここで、仏教でいう「十界論」になぞらえて説明したい。「十界論」とは、地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界、声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界の十界を言う。これは霊的な階層を表している。
このうち地獄界から天界までの領域が「第四霊性密度」つまり「四次元」に属しており、声聞界以上が、「五次元」以上に当たるのである。


「四次元」いわゆる死後世界と、現実世界とは対応していて、どちらにも地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人界、天界が存在する。人は死ぬと、生前と同じような、それぞれが相応しい霊的階層に落ち着く。そして霊界でも修行を重ねて少しずつ上昇を図りながら、解消できなかったカルマを解消するために再びこの世に転生してくる。これが「六道輪廻」である。(なお仏教でいう「天」とは、人間界の最上位、次の転生を待つ場であり、天国を指しているわけではない)


「五次元」へ上昇するとは、この「六道輪廻」が止み、人類がその上の声聞界(西洋人は光の世界と言う)へ直接行くということである。
もしそうだとすれば、二階級特進どころではない。神の大大大恩赦である。
仏教徒が2500年間、いかに自分のカルマを果たして涅槃へ行くかということに悩み続けてきたのに、アセンション後は、そんな悩みさえ必要無くなるのである。


そして、死の恐怖から解放され、永遠の命を手に入れて、国家もなければ貨幣もない、宗教もない、教会も聖職者も必要ない、食物エネルギーを摂る必要もない、みんなテレパシーで会話する素晴らしい世界に生きるようになると言うのである。
それが本当なら、確かに私も素晴らしいことだとは思うが、自分のカルマをいかに果たすかと毎日汲々として生きている自分はいったい何なのだ、とアホらしくなってくるではないか。


しかし待てよ。「五次元」世界では、いわゆる物理的な肉体はないのである。ないからこそ永遠の生命なのである。
物質化現象やムリヤリの転生ということで肉体を得ることが出来るかもしれないが、基本的には物理的な肉体はない筈である。
ところが「五次元」論者は、本来の「ライトボディ」に戻ると言っているのである。
本来の「ライトボディ」って、いったい何? これが王仁三郎言うところの半霊半物質人ということなのであろうか?


私にはどうにも納得できない。
「五次元」論者は、アセンションに、キリスト教特有の「地上の天国」という考え方を持ち込んでいるのではないだろうか?


そもそも、アセンションのあるなしに関わらず、霊魂は永遠なのである。肉体が死滅しても霊魂は生き続ける。
しかし、キリスト教は死後世界を認めていない。死んだらそれまで世だが、最後の審判の日にいったん死から復活し、永遠の命を与えられるか、永遠の死を与えられるかを神から(任意に)宣告されるとしている。
つまり、キリスト教徒にとっての「救済」とは、あの世ではなく、この世の地上で永遠の命を与えられることなのである。


「五次元」論者は、今度のアセンションによって、最後の審判もなく、人類は永遠の命を獲得すると主張する。
しかし人類が「ライトボディ」を獲得して、素晴らしい世界に生きるようになるという考え方は、私からすると、何かキリスト教的な「地上の天国」くさいぞ、という感じがしてならないのである。


では『ラー文書』ではどう言っていたか?
『ラー文書』では、今度の2012年末に次元上昇するのは、人間ではなく「地球」だと言っているのである。
初期人類が誕生したのは7万5000年前であり、それから2万5000年ごとに、霊的に成長した人間を次の次元へ移す「刈り入れ」(次元上昇と同じ意味)の機会があった。


しかし、最初の2万5000年のサイクルでは、「刈り入れ」に値する人間は一人も居なかった。つまりそこまで霊性が向上した人間は居なかった。
次の2万5000年のサイクルでは南米グループの全員(といっても150人)が「刈り入れ」に値したが、彼らは未だ覚醒していない他の人類に奉仕するために、全員が志願して地球に留まった。


そして次の2万5000年のサイクルの終わりが、今年の12月21日、マヤ暦の終わる日なのである。
この2万5000年のサイクルが3回繰り返されると、大サイクルが完了し、惑星地球は宇宙の中での「第三霊性密度」としての役割を終え、次の「第四霊性密度」へと次元上昇を果たすと言うのである。
地球も生命体なので、進化していくわけである。


では人間はどうなるのか?
地球が「第四霊性密度」へと次元上昇してしまったら、「第三霊性密度」の霊性に未だに留まっている人間はもう住めなくなる。
そこで、ライトワーカー(ETで人類に転生した奉仕者)や銀河連邦などが、人類の次元上昇に向けて出来るだけサポートはするけれども、それでも「四次元」に進めない人間(つまり「刈り入れ」に値しない人間=早い話が、日々カルマに泣く私のような人間ですな)は、別の「第三霊性密度」の惑星に移され、そこでまた「六道輪廻」のトホホな人生を繰り返すことになるというのである。


これなら、私は論理的にも納得ができる。
「四次元」が縮小し、結果的に地球に「五次元」へのジャンプが果たされたとしても、それに合わせて人類にも「五次元」への切符が全員に無償で渡されるとは、私にはとうてい思えないのだが‥‥。
やはり「RA」が語ったように、多くの人間は、「第三霊性密度」の他の惑星へと移送されるのではないだろうか?
と、思っていた。


ところが、人類の大部分が「五次元」へ行けることの裏付けとなる、別の情報も登場しているのである。
それは、1980年以降、他の惑星からの転生者が急増しているというのである。
『ラー文書』によれば、7万5000年前に今につながる人類が誕生したが、その50%は火星人の転生者、25%はそれ以外の星からの転生者、そして残りの25%が地球の猿人から人間に進化した土着の者たちであったという。


この、猿人から人間への進化にはわずか1.5世代しか要せず、突然変異的に変わったというのであるが、残りの75%の人間は、早い話が宇宙人であった。
そして、宇宙の星々の中で、地球ほど多種多様な宇宙人が集まっている場所はないのだという。(まるで『スターウォーズ』の酒場ですな)ニューヨークが人種の坩堝なら、地球は宇宙人の坩堝なのであった。


こうしてもともと「宇宙人の坩堝」として誕生した人類の中に、その後もスター・シード(別名ワンダラーとかETソウルとも言う)と呼ばれる宇宙人が続々と転生してきていた。
スター・シードとは、低次元の霊性に喘ぐ地球人をサポートするために、高次の惑星から敢えて志願して飛び込んで来た転生者のことである。このスター・シードは1990年代には1億人に達していた。


ところが1980年代からこのスター・シードの新種、インディゴ・チルドレンが続々誕生しており、新しく生まれる子供の9割がインディゴ・チルドレンなのだという。
しかも1990年代からは、さらなる新種であるところのクリスタル・チルドレンが誕生するようになっているという。
1980年以降の生まれのお子様をお持ちのお父さん、お母さん。「そうかぁ、うちの子は前からなーんか変だなぁと思っていたけど、宇宙人だったのかぁ」とご納得いただけたでしょうか?


「え、宇宙人? そんな人がいるならここに連れて来てください!」と韮澤さんに咬み付いていた大槻教授も、教え子たちの殆どが、実は宇宙人だったのである。宇宙人を前に、宇宙人否定を講義していたわけですな。いやはや。
これらインディゴ・チルドレンやクリスタル・チルドレンは、もともとが地球より高次の星に居た存在の転生者である。ならば、地球が「五次元」へアセンションしたとき、大半の人間も「五次元」へアセンションするということについては、まったく不思議はない。彼らにとっては、単に Going Home ということだから。


近代に入っての人口爆発は、実はこうした宇宙人の流入が原因なのであった。
だから、ポジティブ・エネルギーがネガティブ・エネルギーを凌駕したというのも、このポジティブ・エネルギーを持った新種の宇宙人が、90年以降大挙流入して来たために、絶対数で逆転する現象をもたらしたと考えられるのである。


ではなぜ彼らが、高次の平和で美しい世界から、敢えて問題だらけの、霊性の低い地球へ続々とやって来るのか?
これには、一つにはもちろん地球人の次元上昇を手助けするという目的がある。
と同時に、このようなイベントは、宇宙の中ではめったに経験できないというのである。


ポジティブな「五次元」世界は愛と平和で満たされている。それはしごく結構なようでいて、しかし言わば「ぬるま湯」状態である。そのため、それ以上の飛躍をすることが難しいのだという。
そこで敢えて葛藤のある地球に転生し、葛藤を乗り越える経験をして、さらに自分の霊性を高めようという腹づもりらしいのだ。


さて、あなたはどう思われますか?
「五次元」論者が語るところによると、今年の12月21日の前の3日間、フォトンベルトの外縁の「ヌルゾーン」に地球が突入する際に、すべての光が消え、すべての電気製品が働かなくなり、原子力発電所で致命的な核爆発が起こるが(この、至福のシナリオの前の恐怖のシナリオを言っているのは、「五次元」論者の中の一部です)、それを過ぎれば、人類は光り輝く「五次元」に上昇すると言う。


果たしてどうなるかは、四ヵ月後に明らかになる。


●お知らせ
10月14日に、横浜市 磯子区民文化センター「杉田劇場」で、『差し迫るアセンション』と題する講座を行います。ご興味のある方は、是非ご参加ください。
詳細はこちらに掲載しました。
9月1日放送のNHK Eテレ『新世代が解く! ニッポンのジレンマ「僕らの楽しい資本主義」』。いやぁー、とっても面白かったです。
参加者の皆さんいずれも素晴らしい論客ばかり。何より「他の人の意見をちゃんと聴く」姿勢を皆さんがお持ちであるのには、いたく感心しました。若者って一人よがりのところがあるものだけれど(自分はそうだったなぁ)、みんな人格が出来ている。参りました。


資本主義がもはや「成長」のモデルだけでなく意味までを失っている。でも競争論理だけは生き残っているために、社会保障がなし崩しになってきている。このことは、イケダハヤトさんが危惧する通り大きな問題だと思います。
こうした中で、最低限の安心・安全は確保しながら、楽しく、創造的に生きていけるようにするにはどうしたらいいでしょう?


高木新平さんが「国のオッサンたちは未来のことを何も考えてくれない」と仰るのはその通りだと思います。
私よりちょっと上の「逃げ切り世代」を見ますと、ゴルフ、海外旅行、利殖など、自分と家族のことで忙しく、若者の未来のことなどちっとも考えていないように見受けられます。


古市憲寿さんが「若者が社会を変える義務はない。そんなものは老人がやればいい」と仰るのも、まったくその通りではありますが、残念ながら「逃げ切り世代」はそんなことは考えようともしません。その後の我々、通称スキマ世代は、全然金がない。
そこでやはり、高木新平さんが仰るように、若い世代のリーダーたちが、それを創っていかざるを得ないのではないでしょうか?


いわゆる「頑張れ」論ですが、私はこう思います。
社会の構成員は、どの世代で切っても、次のように分かれる。

1)自ずと頑張れるリーダー
2)スキルを示すことで、頑張れば後を着いて行けるフォロワー
3)頑張りたいんだけど、うまく頑張れない人
4)頑張る気力もなくしてしまった病的な人

古市さん言うところの「起業で成功しやすいのは、一流大学を出て、一流企業に就職して、スピンアウトした人」というのは、形としては確かにそうなのでしょうが、その方たちは、もともと「自ずと頑張れるリーダー」だった人だと思うのです。
今回の討論に参加された方たちも、みなそうした人です。


しかし誰でもがリーダーになれるわけではありません。
そのようなときに、今の若者に、ただ「頑張れ」と言うのは酷だと思います。
生まれたときからあらゆるサービスを消費ということで教えられ、コンビニがなければ生きられないといった世代に、いきなり「頑張れ」と言っても、それまで「起業」を習ったこともない。学校の先生たちは、みんなサラリーマンですからね。


古市さんは「豊かな親を持ち、そこまでお金に執着しなくても生きていけるようになった」と、現代の若者気質を説明されます。
それは、社会学的には当たっていると思いますが、それだからこそ、親が豊かな人と豊かでない人とでは、子世代に著しい格差が生じていると思います。これを、とても一括りにして語ることはできません。豊かでない親がどんどん増えていますからね。


それと、番組を見ていてもう一つ私が感じたのは、少人数で気の合った友達とユルユル仕事をするといったワークスタイル。私もそうして来ましたし、そこに異論は全くありません。
しかし多分、そういうワークスタイルで現在「喰えている」とすれば、その背景には、利潤追求型の従来企業やマスの経済システムがあるおかげではないでしょうか。そこから完全に逃れて生活することは、まだまだ難しいのではないでしょうか? そこには、「汚いことは他の方がやってくださいね。私は上澄みで生きますから。」という矛盾を多少感じるのです。


利潤追求を第一義とせず、好きな者同士が一人ひとりの創造力でネットワークしながら仕事をし、シャア精神でみんなが平和に成り立つ。
そのような社会であるためには、今の日本は、ただ生きていくためだけのファンダメンタルなコストが掛かりすぎます。社会システムがまだ革新していません。


息をしているだけでもべらぼうなコストが掛かるので、そこで、どうしても人々はそのコストに掛かる金を得るために、無理をして働かざるを得ない状況です。ここで、親が豊かな人と豊かでない人との格差が、もの凄く響いてきています。


どうすればいいのでしょうか?
私は、第一に、信用できないオッサンどもから逃れて、一人で生きていけるスキルを身につける教育を若い世代に施すこと。
第二に、ただ生きていくために掛かる生活コストを、劇的に下げる社会システムを造ること。
その両方が必要だと思います。
そして、それを成し遂げるのは、面倒くさいでしょうが、若い世代の皆さん方のようなリーダーにおいて他にないのではと思いました。

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このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

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