LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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小沢一郎さんに「無罪」の判決が出ました。この国の司法制度は、まだ保たれていると理解していいのでしょうか?


最初から無理があった今回の起訴。小沢一郎さんがいったい何の罪で起訴されていたのか、ご存知でしょうか?
「収支報告書への虚偽記載」です。そのことを「小沢一郎さん自身が知っていたかどうかを問う」という裁判なんです。
別にワイロを貰ったとか貰わなかったという話ではないのです。


たとえば、税務署に確定申告をしたけれど、記載に不備があって修正を求められ、修正申告をした。こんなことはしょっちゅうあるわけですが、それを「虚偽記載」だと言えば、言えないことはない。


問題はその最初の申告に、脱税の意図があったかどうかですよね。
小沢一郎さんの裁判は、ワイロの犯罪性を立証できなくて、検察もいったん起訴を諦めたのに、検察審査会がそれに異議をとなえて公判に持ち込んだという代物なんです。


政治を動かしているものは、いつだって「思い込み」と「ムード」です。
でもそれを、国民の側が率先してやるというのは‥‥。


小沢一郎って闇将軍できたない奴なんだから、絶対裏で金貰っている筈だ、という「思い込み」。それで不起訴は不当という「ムード」を作っちゃった。
国民もマスコミも「思い込み」と「ムード」しかなくて、小沢一郎さんが一体どういう犯罪で起訴されているのかなんて、ほとんど知らない。恐ろしいなって思う。


副島隆彦さんが、<小沢一郎叩きってのは、小沢一郎だけがアメリカに楯突いているからだ>って言うんだけど、(つまりそのせいで、アメリカの謀略によってハメられたというんだけど)僕も「それはありじゃないか」と、だんだんと思うようになってきた。


マスコミは「小沢さんの民主党復帰で、消費税増税の行方が混沌として来た」なんていま言ってるけど、こんなのは解りやす過ぎる展開論でね。ニュースにするようなことじゃない。
自民党だって本音は増税なんだから。谷垣さんは「小沢問題をどうにかすれば、増税賛成に回ってもいい」なんて暗に言い出して、そこにもう馬脚が表れている。


つまり増税は既定路線で変えないの。もう決まっているの。そこへ持って行く時に、多少右行ったり左行ったりしたかのようにマスコミを使って演出するだけなのね。
その対立構造を、民主党 vs 自民党で見せていたものが、小沢さんが無罪になって民主党に復帰するので、仕方がないから、増税賛成連合(民主+自民)vs 小沢グループに見せ方を変えるだけなの。


要は、民主党も自民党も、大部分が「アメリカポチ派」なのよね。
民主党 vs 自民党という対立構造は、党利党略の演出だけであって、どっちも大して変わりゃしない。それが解った。
野田佳彦政権というのは、自民党に代わる(アメリカポチ派の)ニューリーダーだったんだ。


ミャンマーの民主化が加速し始めたというので、野田政権はミャンマーの円借款をチャラにして、これから投資するって言った。
僕はそれを聞いて「日本人として恥ずかしい」と思いました。
結局、アメリカと同じことをやろうとしている。というよりも、日本政府はアメリカの出先機関になっちゃった。
同じアジア人として、日本がやるべきことは、違うと思う。


ミャンマーへの進出は経済界の意向を受けてというんだけど、940兆も借金ある国が「ああ、お金は返さなくてもいいからねぇ」って言ったりできるってのは、ありなの?
IMFに600億ドル(約5兆円)も拠出したりって、そんなのありなの?
それって国民に図らなくてもいいことなの?(ものすごーく怪しい。絶対アメリカの要請だと思う)
しかもミャンマー進出への狙いが、労働賃金が日本の1/5だからというんだからね。
それじゃあ、日本の労働者はどうなるの?

民主党の今のキャッチフレーズは、「国民の生活が第一」ってなっているんだけど、「労働賃金1/5が魅力」ということと、「国民の生活が第一」ということが、一体どこで結びつくのか、僕にはさっぱり解らないよ。


今の世界の政治を見ていると、政界内での対立構造(演出と言ってもいいけど)と、民衆が抱える問題・争点というものが、まったく噛み合わなくなってきているように思う。
政治を操っているものがステルス化し、多国籍企業の利益誘導のために政治が使われるようになってしまった。


どの国も、政権がどの政党に代わろうと大して差はなくて(そんなものは政治ショーに過ぎなくて)、世界の政治全体が一貫して企業利益追求を目標に動くようになってしまった。
そのしわ寄せが、高い失業率、低賃金、福祉切り捨て、増税へと動いている。


でも「原発安全神話」と同じく、「企業の景気が上がれば民衆の生活がよくなる」という、偽の経済理論を信じ込まされているので、民衆はそのカラクリに気がついていない。
こんなことがいつまでも続くはずはないと思う。
花火のように弾ける日がいつになるのか。
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最近は、政治のことを考えるのがバカバカしくなってしまった。
かといって、人民はやはり政治に翻弄されているわけで、世界情勢をみるとどこもかしこもヒドい政治のせいで民が苦しんでいるから、日本もそうなってはいかんと思うのだが‥‥。
日本人は大人し過ぎて、デモも暴動も起こさないし、はたして民衆の中に不満がくすぶっているのかどうかすら解らない。

予想通り、大飯原発を再稼働させるべく、枝野経済産業相が「地元の方々のご理解を求めて」福井県知事に要請に行きましたね。
毎日jpは『ぶれ続ける政府方針』と書くけど、別にぶれているわけじゃない。最初から落とし所は決めていた話で、多少綱引きがあったかのように見せかけているだけ。
メディアはそのことが本当に解らないのか、あるいは解っていても、敢えてそういう決まりきった報道をしているのか‥‥。


野田佳彦という人のパターンがもう解ったね。
TPPのときとおんなじ。
どじょうもそうだけど、松下整形塾出身の政治家は、要注意。
松下整形塾は、アメリカの洗脳機関だと思うな。アメリカの利益になるような動きをする政治家に「整形」するためのショッカーのような機関。


アメリカが、民主主義大好きで、二大政党制によって議会を運営していて、日本にも二大政党制を作らせようとした意図もようやく解ってきた。
要するに、民主主義と二大政党制って、大衆の不満のガス抜きシステムに過ぎないのね。
どっちの政党が政権をとっても、進む方向なんて変わらないんだ。
アメリカのオバマさん、日本の民主党を見てそれが解った。


要はこういうことなの。
A政党が政権をとって、懸案だった問題を処理する。
しかし大衆の中に不満が膨れて行くと、大衆はA政党を見限ってB政党に政権を託そうとする。
大衆は、B政党が、A政党とは逆をやってくれるのではないかと期待して投票する。
でもそうはならない。


B政党が次に政権を握ると、今度はB政党が、懸案だった問題を処理する。
こうして、A・Bに時々スイッチしながら、全体としては、画策されたある方向へと進んで行くのね。
これがアメリカ流民主主義のシステム。
日本も、90年代半ばから、アメリカの意向で、そのように改造されたのね。


政権が代わると、落選する議員が出て来るけど、それは使い捨ての駒なの。一年生議員の役割はそれ。
政権がAに変わろうがBに変わろうが、変わらない組織が在る。それは官僚。
こうして、官僚のシナリオ通りに、政治が進行して行くのね。
今の日本政府には、アメリカのスパイ、中国のスパイがうじゃうじゃいて綱引きをやっている。
結局は、そうした人たちのさらに上にいる人が、日本の政治を動かしているのね。
大衆はそのことを知らない。メディアの操作があるから。メディアも握られているから。


野田政権は消費税引上げをしようとしているけれど、これも次の民主党政権はもうないから、イタチの最後っ屁に成立させて、長年の懸案を処理しようとしているわけ。
だって、自民党はいま「消費税引上げ反対」って言うけど、元々は自分の政権でそれをやりたかったんだよ。野党だから今「反対」って言ってるだけで、やりたいことは同じなんだもの。
こんな二大政党、意味ねぇーよ。


民主党は、まったく機能しなかった、原子力非安全不安院と、原子力ええんかいを合併させて4月から「原子力安全庁」にするって言ってたけど(あれ?、もう4月も半ばだよ)、そんなもの、ダメ組織とダメ組織を合併させてなんになるのよ。


先ずやるべきことは、原子力非安全不安院および原子力ええんかいの患部と(間違えました幹部です)、今まで原子力政策を推進して来た政治家や御用学者をお白州に引きずり出すことなのに、一向にそれをやろうとしない。
国民が見ることもできないつまらん「報告書」で一件落着して、名称を変えるだけで、組織はそのまんま残そうとするんだもの。そんなのあり? こんなの、典型的な官僚発想。


それで呆れたのは、自民党が対案出したって言うんだけど、さすがに「安全」は手垢がついてしまったというんで、組織名を「原子力規制庁」にするように提言したって言うんだよね。
バカバカしいというか、本当にバカじゃないの、この人たち?
それで、「惨状委員会」(あ、間違えました「三条委員会」でした)にして独立性を高めるっていうんだけど、そこで1000人雇用するんだとさ。結局自民党案も現組織温存だよ。なーんだ、これも官僚が考え出した対案じゃんか!


こんな見え透いたシナリオ、よく描けるよなって思う。
俺たちはどうすりゃいいの?
黙って見てるしかないのかな?


今度総選挙あったら、俺は、原発とかTPPとか消費税とかの政策を表側に、政党名を表頭にした、一覧表を作ってみるね。
そうしないと、どこに投票したらいいか、判断のしようがないもの。
それで、政権入りした後、もし裏切ったら、糾弾の材料にして貰えるような一覧表を作ることを、ここに選挙公約いたします。
NHK朝ドラの録画予約をそのままにしていたので『梅ちゃん先生』を見ました。
でも2回めでダウン。役者さんたちがヘタ過ぎます。どなたとは申しませんが。
『カーネーション』は、上手くて味のある人ばっかりだったのにね。いったい何が違うんでしょう。

ドラマでも歌でも、ヒット狙いは、みんながよく知っている最大公約数をめざそうとするのです。
でも、本当にヒットしたものは真逆です。
たった一人のため、あるいは自分の中の抑えられない衝動を表出したとき、そこに何か普遍性があって、じわじわとヒットしていくのです。

最大公約数をねらったドラマや歌が、イヤらしくて、つまらないのはそこです。
共感が広がっていくのじゃないんです。最初から、マーケットのここを食べてやろうと目論んでいるイヤらしさです。
でもイヤらしい人ほど、大プロデューサーだって言われちゃう世の中なんでしょうね。


『おそ松くん』で育った僕は、赤塚不二夫さんという人物にずっと興味を抱き続けてきた。
昨夜、二人の奥さんをめぐるドキュメンタリードラマがあったので、それを見ながら、改めて赤塚不二夫さんの死というものを考えた。


実は僕の赤塚不二夫体験は『おそ松くん』でストップしたままで、『天才バカボン』以降はほとんど読んでいない。
僕の興味は赤塚不二夫さんが生み出す作品を離れて、赤塚不二夫という人物そのもの、アルコール依存症であったことや、ハチャメチャな私生活、甘えん坊将軍であったこと、氏の交遊関係の広さ、フジオプロのトップとしてのユニークな運営方法、同業者や後輩に愛されたこと、手塚治虫さんを尊敬し続けていたこと、などにあった。
つまり、赤塚不二夫さんという人物そのものが、神様のユニークな「作品」なのであった。


子供時代の赤塚不二夫さんは同級生の中でも目立たない大人しい子であったという。
また、最初の夫人、登茂子さんと結婚する前は、女性と話も出来ないようなシャイな人だったと言う。
赤塚不二夫さんの本質はここにあって、基本的には、素直で謙虚で真面目な努力家なのだ。


人はギャグのところにばかり注目して(もちろん、フジオプロにとってはそれが商売だから、それでよいわけなのだが)いるけれど、赤塚不二夫さんという人は、どこまでも追究してしまう人だったんだろうな、と思う。
その点で、僕の中では、『I Love Lucy』のルシル・ボールと、生き方がダブってしまうのだけれど‥‥。(ルシル・ボールはテレビコメディで成功して大金持ちとなり、撮影スタジオまで購入してしまった)


晩年、アルコール依存症になっていたとき、赤塚不二夫さんは「つまんない、つまんない」を連発していた。
僕は、本当につまんなかったんだろうなぁと思う。いったい何がそんなにつまんなかったのか?
ここからは僕の推論になるのだが、赤塚不二夫さんは、自分を熱狂させるようなチャレンジングな次のテーマを、もはや見つけられなかったのだと思う。


赤塚不二夫さんは生前、自身のギャグの進化をこう語っていた。
『おそ松くん』でユーモアやり、『天才バカボン』でナンセンスに進み、『レッツラ.ゴン』でシュールになった。
そしてこの中では、『レッツラ.ゴン』のシュールがいちばん好きだと言っていた。
ところが、『レッツラ.ゴン』はウケなかったのである。大衆は、シュールを理解しなかったのだ。


赤塚不二夫さんにとっては、ユーモア→ナンセンス→シュールと進んだことは、当然の帰結であった。
なぜなら、ギャグを追究する人は、二度同じギャグを使えないし、使うのがイヤなのである。
大泉実成著『消えたマンガ家―アッパー系の巻』には、その辺りのギャグ漫画家の宿命が詳しく書かれている)


しかしそれを追究し続けていったら、自分自身は疲弊するし、苦労して生み出した作品も、やがて大衆とは遊離していってしまう。
赤塚不二夫さんは、『レッツラ.ゴン』で、そのことを思い知ったに違いない。
この破滅を防ぐには、『こち亀』とか『寅さん』のような、偉大なるマンネリをやるしかない。
しかし、赤塚不二夫さんにはそれができなかったのだ。元来が、素直で謙虚で真面目な努力家だったから。


その後は、他者に面白みを見出そうとした時期もあったけれど(その発掘品の代表格がタモリであり、タモリ自身「自分は赤塚さんの作品だ」と語っている)いっときは面白くても、所詮それは自分が生み出したものではなかった。
タモリが大衆の欲するものに合わせられる能力を持っていたのに対し、赤塚不二夫さんにはそれが出来なかった。そうすることがイヤだったのだ。なぜなら、自分自身の中ではそれは「後退」しか意味しないから。


酔っぱらいになってから、たまにテレビに出た赤塚不二夫さんは、いつも同じことばかり言っていた。
「ナンセンスとは何か?」「ジョン・フォードの『駅馬車』の凄さ」「偉大なる手塚治虫先生の教え」
赤塚不二夫さんの中では、これらはいずれも「自分も目標にしたいが、超えられない凄いもの」として君臨し続けていたのだと思う。
自分の思いはいつもそこに在って、それを超える方法を生涯模索しようとしていたのだと思う。
きっと「お前ら、ナンセンスを学べ!『駅馬車』をよく見てみろ!手塚先生の『ロストワールド』を見ろ!」と叫びたかったことだろうと思う。


ところが、それらの作品をたとえ今見ることは可能だとしても、当時それらを観た赤塚不二夫青年の興奮や高揚感にまでは、我々はタッチすることは出来ないのだ。それは、時代性に貼り付いたものだから。


『笑っていいとも』に出演した赤塚不二夫さんが、尊敬する手塚治虫先生についてこう語ったことがある。
「あの人は、嘘つき!」
その発言には、僕も虚をつかれたのだが、手塚治虫さんという人は、あまりに多忙だったためにちょっとした時間をやりくりするための「嘘」をしょっちゅうついていたらしい。たとえば待ち合わせの約束などに関して。
少年の恋心で手塚治虫先生を見ていた赤塚青年は、その「嘘」に何度も裏切られたことがあったのだろう。
しかし逆に言えば、赤塚不二夫さんは「嘘」をつけなかった人ということだ。他者にも、自分にも。


最後に、いまもシュールを追究している「しりあがり寿」さんは、立派だ。
NHK World Wave の「Global Voice」というコーナーで、BBCのインタビューに答えるロバート・レッドフォードが紹介されていた。
ロバート・レッドフォードは、サンダンス映画祭というインデペンドフィルムを発掘する映画祭を主催している。その映画祭がイギリスでも開催されることになり、BBCのインタビューに答えたものだ。


「Global Voice」では、このうちの5分ほどをピックアップして紹介していたが、僕としては非常に興味深いものだった。
サンダンス映画祭は、商業主義では取り上げられない映像にも世の中にとって価値があるということで、言ってみれば映画への恩返しのようにしてレッドフォードが立ち上げたものである。


その「良心」とも言うべきものが、現代のアメリカ社会と政治に対しても、率直な批判として投げかけられてる。



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そして、インタビュアーのなぜ「政治家にならなかったのですか?」という質問に対しては、
「ご冗談でしょう」と言ってから、「第一に、人間を狭くする」と言ったあとこう続けている。

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「大統領候補者たちの最近の言動はさらに状況を悪くしています」なんて、全くその通りで、僕は「こんなお下劣な人間たちがアメリカの大統領になるのか?」と思っていたのだが、アメリカ人の中にも、自国の大統領候補者が「お下劣」だと思っている人はいるのだ。みんながみんな、あのバカ騒ぎに熱狂しているわけではないのだ。


レッドフォードは、『候補者ビル・マッケイ』(1972)では、民主党の上院議院選挙に担ぎ出されてしだいに良心を失って行く若手弁護士を演じ、『大統領の陰謀』では、ウォーターゲート事件の真相を追求するジャーナリストを演じた。
彼はそれを、ジャーナリズムがまだ機能していた幸福な時代だったと言う。

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このインタビューを見ていて、二つのことを考えた。
一つは、現にアメリカで暮らしている人間の中にも、最近僕が感じていることと全く同じことを感じて人も居るんだということ。
二つめは、アメリカのマスコミだけではなく、それをそのまま流す日本のマスコミも、全く同じ「メディアの低落」状況に陥っていて、このレッドフォードが語るような意見は殆ど伝えていないんだということ。


もう何度も書いて来たけど、日本のマスコミの報道を見ていた日には、本当に頭がおかしくなってしまう。
マスコミに反省を期待してももうムリだから、「一切見ない」ようにするしかないね。

関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)を再稼働させるかどうか、野田総理と枝野経産相が、揃って見送りの判断をしたという。
http://www.asahi.com/politics/update/0403/TKY201204020672.html
この判断に、「結構なことだ」「もっともだ」と思うかもしれないけれど、騙されちゃいけないね。
野田さんは、安全第一を強調するけど、そもそも「安全」に対する基準が違うのだから、前にも書いたけど「安全」論議に乗っかっちゃダメなんだよね。


片方は、原発の存在そのものが「安全」じゃないんだ、と言ってるのに、
もう片方は、事故が起きないような万全策をとったから「安全」だと言うわけだから、話が噛み合う筈がない。


「安全」論議に乗っかっちゃったら、ほとぼり醒めたころに(それは日本人特有の、忘れて無関心になるということだけど)「安全が確認されたから、再稼働します」ってことになるのは、決まっているんだから。


既に、原子力非安全不安院が、2月13日に「ストレステストの妥当性を確認」し、3月23日には、原子力安全ええんかい?が「審査内容を確認」したということになっていて、つまり日本の原子力行政では再稼働のお墨付きを与えたけれど、今回は「政治判断により」待ったを掛けました、ってことなのね。


だけど、こっちが「ちょっと待ったァー」って言いたいよォ。
あんな大事故起こして、しかもあんな不手際をして、その張本人たちの原子力行政になんのメスも入れてないんだよ。おかしいじゃないか?


昨夜、タイタニック号沈没のドキュメンタリードラマってのをたまたま観たんだけど、まったく同じだと思ったね。
どでかい氷山にぶつかって船体にすでに穴が空いているのに、まだ航行しようとするの。
タイタニック号の運行会社、ホワイトスターライン社の社長ブルース・イズメイって人が一緒に乗船していて、会社の収益とメンツのために、航行継続を命じるのね。それで、船主から水がズブズブ入って来て沈んじゃった。


枝野さんだって「直ちに」「直ちに」ばっか言ってたけど、「直ちに」政府の紐つきではない審査機関を創れ!って言うんだ。(まあ、運営費どうするかってことは後で考えるとして)


今回は、何か政府首脳に花を持たせるような演出をしたわけだけど、機能しなかった仕組みを、まったく変えない判断をしているのはいったい誰なんだよ。お前たちじゃないか!


フィンランドなんか、10万年後まで保管しておくための最終処分場を創ったんだよ。
10万年後だよ。その間、放射性廃棄物の放射能は消えないんだからね。
地震国の日本で、核のゴミをいったいどうするんだ。そのゴミを処理するための費用はどうするんだよ。
「直ちに」そっちの議論に移るべきだ。


僕は最近、政治のテクニックってものが、やっと解った。
全部、ポーズなの。
落としどころは、最初っから決まっているのね。
マスコミがサポートしているから、一応形になっているように見えるけど、演出も役者もヘタクソ。


消費税問題で、民主党の役員が揃って辞任っていうけど、バカバカしいなぁって思う。
「離党」なら解るよ。
だけど、役員辞任なんて、民主党内のことなんだから、首すげ替えりゃいいってだけのことでしょう。
そんなの国民にとってなんの関係もない!


国会議員って、どうしてこんなに気概のない連中ばっかりの集まりになったんだろうね。

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Author:imanari munekazu
このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

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