LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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本日29日、密やかにGARI GARI CLUB を開催しました。渋谷の「みうら」さん。いい店です。
誘っても、もうだーれも来ないので、Ka氏と二人きりでしたが、それなりに楽しかったです。
お勘定、割り勘で一人3,075円也。小生の3日分の食費でした。



明日から、何を食べようかなー。あ、そうだ、115円で買った鯖缶があるか。
サーバーダー、サバダバダ、サバダバダ(『男と女』、アヌーク・エーメよかったニャー)


もう2年間、イチゴを食べていません。
1パック500円くらいするから、手が出ない。500円あったら、29円のもやしが一体いくつ買えるか、とどうしても考えてしまう。


ビンボー人になってテキメンなのは、果物が食べられなくなったこと。
過去2年間、バナナとリンゴ、それにミカン、あと缶詰の中国産の桃以外は食べていない。
昔は、800円のイチゴショートケーキを食べるためだけに立川まで行ったこともあるのになぁ、とちょっと思ったりもするが、それを言っても始まらないので、忘れることにする。


20代前半は、そうめんばかり食べていた。
一把のそうめんを茹でて、朝と夜に食べる。一日二食(にじき)である。
朝そうめん、夜そうめん、次の朝もそうめん、その夜もそうめん。
メン、メン、メン、メン、どうもゴメンサイ。
ある日、両目を激痛が襲い、耐えきれずに眼科に駆け込んだ。立派な栄養失調であった。


友人のA君に、そのことを話したら「えっ、今成さんはそうめん? オレはうどんばっかり」と言った。ビンボー自慢大会である。
彼は20代のときにジーンズショップを経営していたが、お天気がいいとシャッターを閉めてサーフィンに出掛けてしまった。
それで店は潰れた。当たり前だわな。
その後、石切り場のタコ部屋へ流れたということだが、借金を返済するまで、うどん、うどん、うどん、うどん、うどん、だったそうである。
粉ものは、とにかく安い! 困った時は粉ともやし! もやし君、どうもありがとう。


同じく友人のF君から聞いた話なのだが、彼は「竿竹や」をやったそうである。
「たけや~、さおだけ~」というアレである。
町田にその総元締が居て、身一つでそこへ駆け込むと、とりあえずタコ部屋に泊めて貰えるのだそうだ。
そこで、軽トラック貸与、竿竹の仕入れはとりあえず貸し付け、ということで、全国に送り出されるのだそうである。
仕事はそれで得られるが、軽トラックの借り賃、ガソリン代、竿の仕入れ代金、旅館代を差し引くと、何も残らない。


でも最近、「竿竹や」の呼び声を聞かないよね。ホームセンターが増えたから、もういらないか。
総元締の人、今どうしているのかな?
僕は織田作之助が好きだったのだが、確か『夫婦善哉』の中に、「一銭天ぷら屋」を商う主人の話があったように思う。
粉ものだからと、一銭の安さでお惣菜の天ぷらを売っていたが、燃料代を考えていなかった、というおマヌケな話だったように記憶している。


こういう吹きだまりのような場所は、今はどうなっているのだろうか?
そう思っていたら、うどんのA君がこう言った。
「今成さん。うちの弟が離婚して、会社も辞めてしまって、それで仕事を探していたんですけど、全然見つからなかったんです。それが先日、やっと見つかったと言って来たんですけど、いったいどこだと思います?」
「え、どこなの?」
「福島第一原発なんですよ」
「えーーーーーーーーーー」


これが現代の吹きだまりなのか? A君の弟さんのような人が流れていくのか。
僕も近いな。
あ、いや年齢制限で、福島第一原発も雇って貰えないか。
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知り合いの大学生が大学を卒業し、就職することになりました。赴任地はいきなりヴェトナムだそうです。
グローバル化ということが、こんなところにも顕われているんですね。


ところで、初めて就職することを世間では「社会人」になると言いますね。
私は以前からずっと、この言葉はおかしいと思っていました。
では就職できなかった人は「社会人」になれなかったのでしょうか?
あるいは、会社を定年退職すると「社会人」ではなくなってしまうのでしょうか?


会社員になるという働き方は大正時代に入って一般化したもので、明治まではほとんどの人が一次産業に就労するか職人などをしていました。
私の記憶では、1960年代までは「月給取り」になるということは、まだ非常にステータスが高かったように思います。


それまでの不安定な収入状態から定期収入が得られるということと、当時は高度成長期にありましたから就職後も給料がどんどん上がって行った。それによって、物質的には恵まれた生活が送れるようになって行ったのです。


しかし今は状況がまったく違います。初任給も高度成長期に比べて下がってしまいましたし、非正規雇用がもの凄く増えました。
このような時代に、就職すること=「社会人」というのは、ますます変だなという気がいたします。


「社会人」という言葉には、サラリーマンになることが当たり前で、それは正しいことで、そうならない、あるいはなれない人は、はみ出し者といった価値観が、色濃くあるように思うのです。


学生はこうした価値観に完全に支配されていて、サラリーマンが当たり前のようになったのは、近代以降のつい最近に過ぎないということを知りません。
就活産業やマスコミや大学がそのような価値観を前提として打ち立てているからです。
ですから、就職がままならない時代に一人で生きて行く術というものを、誰からも教えてもらっていません。
ここにもう一つの悲劇がある。


私は、赤ちゃんからお年寄りまで、社会に生活している人はみんな「社会人」なのだと思っています。
それぞれが、社会を構成しているまぎれもない部分なのです。
もし「社会人」という言葉を使うのなら、そうした意味合いを持たせないと「社会」というものを間違って捉えることになります。
事実、(故意なのかどうかは分かりませんが)間違って捉えていると思います。


「社会」は、企業が動かしているもので、企業の景気が良くなれば、雇用も増えて、収入も上がって、税収も増えて、万事がうまく回るという幻想が、未だに跋扈している。
実際は、企業が収益を上げても、雇用は増えず、収入も上がらず、税収も増えず、景気は低迷したままなのが現代の仕組みです。


その陰で、年寄りとか、保育園とか、看護・介護とか、教育といったことは、どうしても「社会」の問題とは見なされない風潮になっていってしまう。
そういう懸念が「社会人」という言葉にはあると思うのです。
どうです? 「社会人」って言葉、やめにしませんか?
今を去ること40年前、10代後半の時に、原発がどういうシステムで動いているかを初めて調べました。
1960年代はまだ<原子力が希望に満ちた夢のエネルギー>とされていました。
原子力がこの世の生活上の問題をすべて解決してくれる、といった思想さえも蔓延していたのです。
手塚治虫さんが『鉄腕アトム』を描いたのは、こうした背景があってのことです。


その後、70年代に入ってヒッピームーブメントが起こり、世の中の風潮も少しずつ変化していきました。
もう無条件の原子力礼賛という時代ではなくなっていたときに、図書館で原発の仕組みを調べたのです。


そして原子力発電が、核分裂の際に発生する熱で水蒸気を起こしそれでタービンを回していることを知りました。
「なーんだ」と思いました。それまでは、なにか原子力のパワーそのものが巨大エネルギーを発生しているものだと勘違いしていました。
なぜって、アトムが自分の胸を開いても、蒸気タービンなんて見えませんもの。



それと、「一次冷却水」と「二次冷却水」という構造もこのとき知ったのですが、「こんなもので本当に大丈夫なのだろうか」と疑問を抱きました。
「一次冷却水」は、炉心に直接接している水で、これが蒸気になったり水に戻ったり、グルグル循環しながらタービンを回している。
この水は当然高濃度に汚染されているが、外に出ることはない。
一方の「二次冷却水」は、この「一次冷却水」に混じることなく外側から冷やす水である。


なるほど仕組みは解る。けっこう単純だ。
でも、配管なんてすぐに壊れるものなのに‥‥。
と、その時そう思ったのです。


ここで、こういう論争が持ち上がります。
「コントロールしていれば、原発は安全なんです」
「万が一、事故が起きたらどうするんだ」


これはどこまで言っても「水掛け論」で終わります。
「水掛け論」というのは、とりとめのない議論という意味ですが、福島第一原発の事故はとにかく「水を掛けなければならなかった」というのは、なにか皮肉な感じがいたします。


「コントロールしていれば安全」(当たり前です。コントロールできてるんですから)
でも、安全を疑問視する人たちは、
「そんなこと言っても、絶対なんてありえない。人間は必ずミスをするし、不測の事態はどうしても起こるもの」(コントロールできなくなることもあり得る)
と言う。


後者で言っていることが正しいのですが、前者の人々はそれを前提としていますから、後者がどのように言っても、次から次へと屁理屈を繰り出して来るだけなのです。
そうしてしまいには、
「そもそも人間は自然に生活しているだけでも放射線を浴びている」とか、
「少量の放射線はむしろ健康によい」とか、
プルトニウムを貯水池に投げ込んでも健康に悪影響はない」とか、
「広島・長崎で放射能を浴びた人も長く生存している」とか言う。


そして実際に(あり得る筈のない)事故が起きると、まずは隠蔽。
事故が発覚し、隠蔽がとうてい無理だとなると、「これを教訓にさらなる安全を目指す」とか、言うのです。


実はこれは、「支配者がよく使う手口」なのです。
永遠に結論を見出さない「二項対立」の形にもっていって、ムダな議論をさせて時間稼ぎをしつつ、裏では着々と思った通りのことを進める。
そしてこの「手口」にはあと二つ、とてもいい面があるのです。
それは、マスコミが「二項対立」の構図が大大大好きだということと、本当の問題がこれで隠されるという面です。


それが解ったうえで、今の政治をよ~く見てください。
米軍基地問題にせよ、TPPにせよ、消費税値上げにせよ、ぜーんぶ同じ「手口」ですから。
落としどころは最初から決まっているんです。政治家がよく言う「この問題はよ~く議論をして」なんてのは、大衆の怒りのガス抜きのためのポーズに過ぎないのです。
ですから、こうした「手口」に乗っかってはいけないのです。


「原発」のことで言えば、「安全」議論というのは、実はめくらましです。
「原発推進か、それとも江戸時代に逆戻りか」、といった「二項対立」も、「原発はCO2を排出しないからクリーン」という屁理屈も、(じゃあ放射能汚染は?)みんな本当の問題から目をそらすためのめくらましなのです。


ちなみに、「原発推進か、それとも江戸時代に逆戻りか」と迫られたら、僕なら「ハイ、喜んで江戸時代に逆戻りしまーす」と答えるネ。
なぜって、天下太平だもん。浮き世風呂だもん。テクノストレスもないし、通勤電車に揺られなくてもいいし、今よりずっと楽しそうじゃないか。なんかモテそうな気がするじゃないか。


話を戻して、原発の本当の問題は、「放射性廃棄物の処理問題」と、「原発で利益を得ている者はいったい誰か」ということなのです。これが、「安全」議論によってマスキングされている。
原発だけではありませんよ。政治的な問題には、必ずそこに、それで多額の利益を得ている人々が裏に居るんです。


マスコミは、視点をずらすことで、大衆の目がそっちに向かわないようにしている機関なのです。なぜかというと、電波は国の免許事業だし、新聞も雑誌もスポンサー収入で成り立っているからです。


だから、何か政治的問題が起きた時、「これで利益を得ている人はいったい誰なのか?」と考えること、そのクセをつけることが大切なのです。
マスコミは、必ずその核心からちょっとズレた話題を提供して、目くらましに一役買うことになっている。
だからそれに乗っかっちゃダメ。オセロの中島さんが激太りしたからって、それがあなたの生活となんの関係がある? それより放射能汚染の方が大問題でしょ?


現代の政治とは(というよりも、「パンとサーカス」というローマ帝国の言葉もあるくらいだから、政治とは本来そういうものなのかも知れないけれど)、「大衆の怒りのガス抜き」が表向きの最大の仕事になっている。
そして裏は、特定のグループへの利益誘導がお仕事。


知ってます? 「放射性廃棄物の処理問題」がどういうことになっているかって?
原発の放射性廃棄物って、使用済み核燃料棒だけじゃないのね。原発そのものが解体処理できないということ。これが大きな問題なの。
だから廃炉にしても建て替えは出来ないんですよ。それは、どんどん(人間が住める)国土が狭くなって行くってことなのね。
それが孫子の代まで延々と続くわけ。


原発推進論者はこのことをどう言ってるかというと、
「(今は解決できないけれど)この先も解決できないとは到底考えられない。未来の人たちが、必ずや新しい科学技術をもって解決してくれるであろう」
だもの。
そう言えてしまうメンタリ恥は、僕にはとうてい解らないよ。
東電の柏崎刈羽原子力発電所6号機が本未明に停止し、国内原発で稼働を続けるのは唯一、北海道電力の泊原発3号機だけとなった。

参考:原子力発電所運転実績
http://www.gengikyo.jp/db/fm/plantstatus.php?x=y


稼働率は、
1基/54基 × 100 = 1.85
で、わずか1.85%。
去年の「計画停電」騒ぎ、あれは一体なんだったのだろうと思う。
原発なんてなくても大丈夫ってことが、証明されているジャン。


早く再稼働させたい人々は、「このままでは日本列島が深刻な電力不足になるぞ」と脅す。
だけど、すでに稼働率たった1.85%になったものが、この先0.00%になったからといって、そこで急に「深刻な電力不足」が生じるわけではないでしょう?
もしも原発が日本の電力需要にとってそれほど必須のものであるならば、もっと前の段階で大騒ぎになっていなければおかしい。そう思いませんか?


福島第一原発の事故で、先ず
1)安全神話が崩壊
次いで事故後の多額の処理費用計上によって、
2)低コスト説が崩壊
そして現在の電力受給状況から言って、
3)エネルギー不足解消のためには「原発必須」説も崩壊
と、ここまで明らかになって来た。


そもそも、日本には水力発電もあるのに、原発を稼働させるために、わざわざ水力発電の稼働率を下げてきたということをご存知ですか?
(電力供給に占める原発率の実績をとにかく上げて、あたかも、それなくしては全需要を賄えないかのようなストーリーを演出した)

参考:http://twileshare.com/uploads/A4.pdf
参考:http://blog.sizen-kankyo.net/blog/2011/01/000833.html


水力発電は発電に際してのCO2排出がなく、しかも日本の自前のエネルギーだというのに、なぜその稼働率を減らしてまで原子力発電をしたい(連中がいる)んでしょう。
簡単です。
それで利益を得る連中が、エネルギー政策を牛耳っているからです。


いちばん奥の院にいるのが、世界を支配する貴族グループ、その下が金融と石油メジャー、その下に電力業界企業、その下に政府、その下にマスコミと御用学者。
この人たちが利益を得るためには、二つのことが必要です。


1)その仕組みが「必須」であるという価値観を、人々に植え付けること。
2)継続して利益を上げるために、その仕組みを維持しつづけること。



まさにそのために、政官業外伝(政治家、官僚、業界、外資、マスコミと御用学者)がタッグを組んでいるのです。


石油メジャーにとっては、過去利益を上げ続けて来た「石油」が、まもなく枯渇することは目にみえていた。
そこで、次のエネルギー源として「原子力発電」が考えられたのです。
エネルギーによって人々を支配するためには、次のことが必須です。


1)もしエネルギーがなくなったら大変なことになるぞ、と人々を脅す。
2)エネルギーを中央集権的仕組みに位置づけ、一元管理する。


ということは、この逆は、それで利益を得る人々にとっては、とってもイヤなことです。
すなわち、


エネルギーは足りていると、バレてしまうこと。
エネルギー消費の少ない、質素でムダのない生活をされること。
中央集権の仕組みが崩れること。


だから、正確な情報は出さないし、代替エネルギーの開発にも消極的なのです。
そもそも「電力」だけがエネルギーではありません。
でも、中央集権的仕組みを作るには非常に便利だった。
減衰率の高い長距離の送電網を敷設してまでも、人々に自家発電や自給自足をされることを阻止したかったわけです。


支配構造というのは、みんなそうなっています。人間にとっての必須アイテムを狙う。
そして、本人に気づかれない程度に、薄く、広く巻き上げる。


たとえば金融です。
「金融が崩壊したら大変なことになるぞ」と普段から人々を脅して、そうした価値観を植え付け、金融バブルが弾けても、それを起こした張本人は「大変なことになるから」という理由で、税金を投入して救済してしまうのです。


なぜ、マスコミは株価情報ばかりを流すのか? そこに入ってくるカモを増やすためです。
金融操作で大きく儲けるためには、小さく損をする大勢が必要不可欠だからです。
仕組みはパチンコ屋と同じです。
たまに一人二人勝たせて「もしかしたら、君も儲かるかも?」と思わせておいて誘う。この「かも?」が「カモ」なんだよな。


バクチはすべて、胴元と、大きく相場を動かせる人が、大金を持って行ってしまう。
そんなことは解りきっているのに、みんな簡単にハマってしまうんですね。
AIJ問題の根っこも、結局はここにある。
儲け話が来たら、「これって、カモかも?」って思わないといけないね。


自由貿易だってそう。政治家は「保護貿易主義者」のレッテルが貼られると、政界では生きられない。
それほど「保護貿易=悪」「自由貿易=善」の刷り込みが定着している。
じゃあ、なんで保護貿易が悪なのか、あなたは説明できます?
説明出来ないのに、なんとなく「保護貿易主義はいけないこと」ということになってしまっている。
答えはこうです。保護貿易だと、自由貿易で利益を手にする人が利益を得られないから。
だから「保護貿易=悪」。それだけの理由。


インドでは、今まで泥で髪を洗っていた人々に、「それじゃ不潔だ、ちゃんとシャンプーしなさい」と、石鹸メジャーが脅しの教育を行い市場を席巻している。
その手口が汚い。石鹸屋なのに。
小学生に<石鹸で体を洗いましょう>という歌を覚え込ませて、家に帰って歌わせているのだ。


運輸、マスコミ、穀物メジャー、医療業界、保険業界、みーんな同じ。
1)その仕組みが「必須」であるという価値観を、人々に植え付けること。
2)継続して利益を上げるために、その仕組みを維持しつづけること。

これをきちんとやっている。
2000億円もの巨額の焦げ付きを出していたという「AIJ投資顧問」の問題。
運用をAIJに任せていた厚生年金基金に、旧社保庁OBが「天下り」していたことが、「民主党ワーキンググループの調査で分かった」のだと言う。


バカバカしいったらありゃしない。厚生年金基金が発足したのは昭和42年(1967年)である。
民主党が調査するまで、45年間、天下りが解らなかったとでも言うのか。アホタレ!
茶番劇にすら、成りゃしない。


僕が会社をやっていたころ、厚生年金基金からの加入お誘いがしょっちゅうあった。
しかしその誘いには乗らなかった。
どうみても「天下り」を喰わせるための仕組みであることがミエミエだったからである。(ま、その金がないというのが、正直なところだが‥‥)(ノ_-。)


第一、年金財政自体が破綻しているといわれているのに、「さらに上乗せ」をうたう根拠がまったく解らなかった。
そんな「上乗せ」がもし可能なら、年金財政の健全化に先ず金を振り向けるべきではないか。そう思わない?
順序が逆だ。この時点で「怪しいぞ」と思わなくちゃいけないのに、なんでそれを信じる人が大勢いたのだろうか。
いや大勢が信じたというより、会社が加入を決めたわけで、社員は会社の方針に従っただけか?


第二に、年金の領収書が来るたび<厚生年金基金は、年金制度の普及に努めている団体だから、その意義に鑑み、少し寄付してちょーだい>と、あらかじめ金額が印刷された振り込み用紙が同封されていたのである。
こんな厚かましいことを考え出すのは、官僚しかいない。


運転免許証の書き換えに行くたびに、すぐゴミ箱に直行する本だの印刷物だの貰うでしょ。みんながあんなものいらんと思っているのに、止まない。それを仕事にしている人がいるから。
さらに、映画館や飲食店の割引があるというSDカードを奨められる。<安全運転者(Safe・Driver)であることの誇りと自覚を象徴するもの>だというんだけど、そんなワケのわからん理由のためにお金を払えって言う。


それと同じで、調査費だの、啓蒙のための広告費だの、適当な理由をつけて役に立たないものをアリバイづくりでちょこっと生産し、上前をハネるのが役人のやり方。
役人とは、<人々のに立たないものを作ることを仕事にしている>の略である。(もちろん、全員がそうだとは言わないが)


あ、僕のオヤジは市役所の職員だった。
そういえば税務署に勤めていたこともある。
母親が内職で洋裁をやっていて、確定申告時期になるとオヤジは黒、青、赤のボールペンや鉛筆を買って来て帳面を付けていたけど、今考えるとあれは二重帳簿だったんだね。おい、オヤジよぉ‥‥
バレないようにときどき色を変えて作っていたんだな。セコいな、オヤジ‥‥。


で、旧社保庁OBの「天下り」だけど、2005年時点で614基金のうちの399基金に646人居るっていうのね。
この人たちのほとんどが運用経験なしなのに年金基金の職員になった。
それで、やっぱり旧社保庁OBの年金コンサルタントという人がいて、この人がAIJに委託するようアドバイスしたって言うのね。


この問題の根が深いのは、厚生年金基金が、自分たちのお金だけではなく、厚生年金からもお金を借りる形で元手を膨らまし、これを運用に当てていたのね。
(これを「代行」と言い、厚生年金基金は5.5%の利回りで厚生年金に返済することになっていた。)
で、それが焦げ付いた場合、それでも国に対しては借りていた金を返さなければならない。(たてまえは)


結果、中小企業の寄り合い所帯であった基金は、各企業に借金の返済を負わせることになるのね。
それでさらに問題なのは、その返済に耐えかねて1社が倒産したとする。するとこの会社が支払うべき返済金が、残った企業に分配されちゃうわけ。
こうして、連鎖倒産が拡大することがいま懸念されているわけであります。


で、2010年度末時点で全厚年基金595基金中、213基金は代行割れし、不足額が総額6000億円超。
早い話が、都合のいい上乗せプランを画策し、安全投資をしていたと思っていた厚生年金自体が、6000億円すっちゃったってことなの。
厚労省はこういう報告をいつも他人事のようにサラッと言うのね。前にも、年金運用失敗を記者会見で一言で片付けた時あったよね。


ひどい話なのだが、そもそもこの「運用」というものが何かということをよーく考えなくちゃいけない。
厚生年金基金は5.5%の利回りで、国にリターンしなくちゃいけなかった。
てことは、厚生年金基金が5.5%より高い利回りを獲得出来ていれば潤うけれど、それより低いと運用失敗ってことになるのね。


考えてみて。あなたの普通預金の利回りいくら? 定期預金の利回りいくら?
日本の経済成長率は何%? 5.5%以上の経済成長実現している国ってどれくらいある?


早い話が、今の時代は5.5%だって大バクチだってことなんですよ。
高度経済成長時代は、5%の金利は当たり前だった。それは、全体が上昇していたからであって、リスクなんてなかったんです。
でも今はそうじゃない。バクチを打たなきゃ、5%だって取れない。全体がマイナス成長なんだから。
これが、今回の問題の本質です。要は国が、バクチに金を掛けてすっちゃったの。


いい、今からこの問題の行方を言っておくよ。
マスコミの情報操作で、天下り問題はこれ以上深入りしないように抑えて、適当になんとか委員会とか作って、再発防止の報告書をまとめて終わり。それで、損失分は国民におっ被せる。
原発から何から、すべてはこの方式なのね。
3.11、民放テレビはどこも「震災番組」の特集を組んだようだが、私は一切見なかった。
見た人の話を聞くと、リポーターやアナウンサーやコメンテーターの「正義漢ヅラ」にはウンザリということだった。
いったい何が違うんだろう?


そこで思ったのだが、日本のテレビは番組を作る前から「落としどころ」を考えていると思うのだ。
「お涙ちょうだい」という「落としどころ」を先ず設定して、そこに必要な「映像」や「インタヴュー」や「コメント」を嵌め込んでいくという手法。
しかし、そうした手法はもう「決定的に古い!」と言わざるを得ない。そんなものは視聴者にとうに見抜かれている。
テレビはそれを知るべきだ。


海外ジャーナリストの報道の方がずっと優れていると思うのは、ジャーナリストとしての本人の矜持(きょうじ)の差が先ずは大きいとは思うが、「落としどころ」を設定して臨んでいない、ということがあるのではないだろうか。
外国人だから、当然、自国の視聴者に伝えることを考え、国民性の違いを強く意識するであろう。
そのとき「なぜ?」という疑問に、素直に向き合うことになると思うのだ。実はこれこそがジャーナリズムの原点だ。


ところが日本のメディアにはそれがない。「落としどころ」先ずありき。
それは、答えをあらかじめ知った上で試験に臨むようなものだ。


3月15日NHK-BS1放送の『震災後を歩く~海外ジャーナリストの見た日本 ドイツ:マリオ・シュミット』には、涙を禁じ得なかった。
「お涙ちょうだい」ではない方が、涙を誘ってしまうのだ。人が涙を流すのは、真実に触れたときなのだ。

家族を失うという痛手を受けながらも、自分の仕事をし続ける人たち。
いま必要とされているから、それをする。
ただそれだけなのだが、そこに感動を覚えるのは、その当たり前がなかなかできないからだ。
無私であり続けることの、揺るぎない強さ。


本当の人格者は、エリート層の中に居るのではなく、市井の人々の中に居ることを、まざまざと見せつけられた。
中でも、山本ヒデさんという看護師長さんにはLOVE感を抱いた。(*・・*)
人としても、指導者としても、お母さんとしても、本当に立派な方だ。


■『震災後を歩く~海外ジャーナリストの見た日本』再放送
NHK BS1 9:05~9:54
22日(木)『中国:崔永元』
23日(金)『ドイツ:マリオ・シュミット』
日本のメディアは3.11から一年後を、もっぱら情緒的な部分にフォーカスを当てて伝えていた。
僕も、地震が起きたその時間には黙祷を捧げた。しかし、それだけでいい筈がない。
震災直後は海外に賞賛された日本人の行動も、一年経っても同じようでは、ヨーロッパからみると凄く奇異に映るようだ。


ヨーロッパは地続きで狭い地域に国が密集しているし、チェルノブイリの時の記憶があるから、福島第一原発の事故は、日本人以上に敏感に反応した。
ドイツは事故から3ヶ月後の2011年6月には、メルケル首相が早々と方針を転換、2022年までに17基の原発をすべて閉鎖することを閣議決定した。
その後、スイス、イタリア、ベルギーも、原発廃止を決定した。


フランスは現サルコジ大統領が原発継続の方針を変えず、原発依存度の高いフランス国内では反対派が6万人の人間の鎖(東京ー福島間と同じ230キロ)をつくって抗議デモを行った。
また、オランダ、ポーランド、チェコは原発建設を今後も進めると発表。リトアニアでは、なんと原発の建設を、福島第一原発の施工業者であった日立が受注し、6月に調印する予定なのだと言う。


まったく、なんて反省のない奴らなんだろう。この気なんの気、サイテーだね。
日立グループの不買運動でもしないといけないんじゃないかな。(でも民生用が少ないんだよね)


ヨーロッパの関心は「これから具体的にどうするのか」に移っているのに、どうして日本は、そっちへ行かないのだろうか?


フランスの「20HEURES」は、事故から一年後を、ポイントを絞ってこう伝えている。
●日本国民の82%は、原発からの脱却を望んでいる。
●東電は事故後、現場を放棄しようとしたが、当時の首相が怒ってそれを押しとどめたことが明らかになっている。
●第一原発の所長が、東電本社の上司に従わず、海水注入を決断しなければならなかった。
●しかし、東電の勝俣会長は、未だ会長職に留まっている。


そして「日本社会では、政府やTepcoへの怒りが高まっている」と結んでいるのだが、その怒りの映像はない。
「怒りが高まっている」という結びは、フランス国民ならこうなる筈だという、たぶん憶測だ。


ドイツ人は環境問題に関しては非常に敏感ということだが、ドイツのメディアでは、
「政府、東電、関連企業などいわゆる原子力村の人たちが、いかに自分たちに都合の悪い情報を隠し、日本国民に真実を伝えて来なかったか」
を検証する番組を、関係者へのインタビューをもとに制作しているのだと言う。


それで、Tepcoの白井という人が、事故後の原発の現状について、
「今は急場しのぎで、原子炉の冷却しか行っていない。それは根本的な解決策ではない。問題は現状を管理しきれていないことだ」
と語ったのだそうだ。(白井氏の発言映像ありだった)→ 政府の「一応の終息を見た」発言とは大違い。
そして、「専門家は再び強い地震が起こる可能性を示唆している。再び原子炉が崩壊すれば、私たちの知る日本の終わりを意味する」と結んでいる。(えー、日本、終わっちゃうの?)


ドイツZDFのヨハネス・ハーノ記者は語る。
「日本の『原子力村』というのは独特です。ドイツでは、規制を行う機関は単独で存在します。政府とは結びついてはおらず独立した機関です。ですから厳しく批判をしますが、それでキャリアを失うことはありません。日本では、政界、学界、エネルギー業界、メディアが深く結びついている印象です」


さらに、被災地の人たちに関しては、
「被災者は、政府、電力会社、メディアを信用していません。被災者同士で助け合ってはいますが、国のエリートたちに見捨てられたと思っています」
と言い、
今回の災害は、地震、津波、原発事故、そして信頼の喪失の4つだと指摘する。
重要なのは誠実さであり、失った信頼を取り戻したいなら、真実を伝え、誠実に行動する必要がある。
しかしジャーナリストは使命を果たしていない。ドイツでもそうだが、私たちは、国民の代弁者であらねばらならない、と語る。


まったくその通りだと思う。
これはもう何度も書いて来たけど、日本のことを知りたいと思ったら、外国のメディアの方が情報があるし分析も確かなんだ。
日本のメディアの報道を見ていたら、脳が腐っちまう。
自分たちのご都合主義と、操作された情報しかないし、ジャーナリズムなんて存在しない。
ああ日本のエリート層は、なんでこんなに情けない奴らばかりになっちゃったんだ。
サムライ、どこ行った?
東日本大震災に際して、各国から送られた義援金がどれくらいだったか、皆さんはご存知ですか?
僕も知らなかったのですが、台湾からの義援金のことを知人に聞いて、調べてみようと思いました。


ところが、外務省のホームページをみても、義援金の金額一覧はないんです。
「諸外国等からの物資支援・寄付金一覧」というのはあっても、金額は書いてありません。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/saigai/pdfs/bussisien.pdf


金額の多寡が問題なのではないとか、いろいろ差し障りがあるということで、こういう風にしているんでしょうけど、僕が政府関係のこうしたデータを探していていつも思うのは、基本的に国民には「知らしめない」ということを前提にしているとしか思えないことです。
「由(よ)らしむべし、知らしむべからず」を、まさに地でいっている。


縦割り行政の弊害で、各省庁がそれぞれ勝手にいろんなデータを作成していて、フォーマットもまったく統一されていない。
分類もデタラメだし、探して、探して、やっとたどり着くという具合です。頭のいい人たちばかりだというのに、なんでこうなるの?
とにかく疲れるし、ムダな時間がものすごく掛かる。
日本政府は、アメリカ追従政策を続けながら、なんでアメリカの情報公開制度を見習わないのでしょうか?


そこで、仕方なしに、外務省のニュース・リリースから1件1件拾って、表を拵えてみました。
「東日本大震災各国別義捐金額」がそれです。(下段に掲載)
本当はグラフにしようと思ったのですが、台湾だけが突出していて、グラフにならないんです。
その額、なんと180億円。知ってました?


表中のオレンジの国、アメリカ、韓国、中国は、外務省のニュース・リリースには記述がないんです。
これは、政府あての寄付金はなかったと解釈していいんでしょうかね。(あったけれども記載していないということって、あるのかな?)
それで、この3国については、メディアで報道された数字を入れました。
メディアでは、「赤十字を通じて」となっているのですが、赤十字は寄付金を寄せた国も金額も公表していませんから、メディア報道の数字が、どこから出たものであるかは定かではありません。


それと、外務省は「義捐金」という漢字を使っているんですね。
僕もアホやから「ギソンキンって読むのかな?」と思っていたら、これもギエンキンで、調べると、本来はこっちが正しいんだそうです。


こういうところは、外務省のこだわりなんでしょうか? きっと上の人が、「義援金は間違い、下々は義援金って書いてるが、義捐金って書くのが正しいんだぞ」って、新入省の今どきのヤングに(すみません(´ω`)言葉がどっちもナウくなかった)説教垂れる伝統の、残照だと推察します。


さて台湾です。
こんなご厚意をいただいておきながら、日本政府のつれないこと、つれないこと。
日中国交正常化以降、台湾という国はないことになっていますから、中国に遠慮して、知らんぷり外交を貫いている。


外務省のホームページも、こんなにいただいておきながら、台湾に関してはニュース・リリースを書いておらず、「財団法人交流協会」のホームページへリンクを貼ってあるだけなんです。
「勝手に見ろ。外務省で書いているわけじゃないから、責任ないぜ」って感じです。


こういうのって、人として、いかがなものでしょうか?
今日のニュースを見ていたら、日本の学生さんが台湾で、台湾の人たちの感謝の意を表す集会を開いたそうですね。
日本政府は、政府としてはなにもできないから、民間人有志がそういうことやるしかない。


日本て、独立国なんですよね。
例の中国漁船衝突事件のときもヒドかったけど、なんでここまで中国に遠慮しなくちゃいけないんでしょうか?
中国はジャイアンで、日本はスネ夫なんでしょうか?
チベットで起きている抗議の焼身自殺も、ウイグル自治区の暴動も、オーストラリアやヨーロッパのニュースで知るしかない。
日本政府もメディアも、本当に腐っていると思います。


東日本大震災各国別義捐金学20120312

各国々の方々ありがとう。
昨日は、近くの「反原発」集会に行って来ました。
サヨクっぽくなかったのは良かったけれど、もう少しなんとかならんのかなーと思いました。
企画した人たちが一生懸命やっている中で、傍観者のような自分が何か言うのはおこがましいんですけれど‥‥アピール力が弱いと思うんですよ。


今日のワールード・ニュースを見ていたら、やはり一周年ということで、各国メディアが日本国内の追悼式は反原発のデモのことを取り上げていました。
でも、英語で書かれた横断幕やプラカードがない。
惜しいな、と思いました。

一人、手書きで英語のメッセージを書いていた人がいて、外国メディアはやっぱりその人を写していましたもの。
日本じゃ、ジーン・シャープ理論は浸透していないんですね。
こと英語ということに関しては、日本はすっかり取り残されていると思います。
やっぱり島国根性が抜けないんですね。でもこれからは、それを超えないといけないと思います。


それと、やっぱり「ドキュメンタリー」の力というもの、その必要性を改めて感じました。
集会を開いても、デモ行進を少しやっても、なかなかメッセージが届かないと思うんですよ。
発言する人の、関心領域も、知識量も、正確さも、訴えたいことも、表現技術もみんなバラバラですから。
それを受けとめようとすると、喩えは悪いですが、出会い系サイトみたいなことになっちゃう。


だから、ビシッとした「ドキュメンタリー」が出来るといいのにな、と思いました。
でも日本では、未だに、作られていない。
あのとき、何があったのか。それを時系列で追いかければ、いろんなことが解るのに‥‥。
それをしないから、責任をとる者もいないし、謝りもしない。


アメリカはひどい国だけど、情報公開ということに関しては、徹底している。
それが民主主義の基盤だという考えが、あるんだと思う。
でも日本は、ぜんぶ曖昧で、ウヤムヤで、なし崩しにしてしまう。
それでも国民は怒らない。暴動を起こさない。みんなでユデガエルになっている。
こんなに統治しやすい国はないんじゃないでしょうか?


今日は、黙祷を捧げました。
明日3.11は、多摩市でも『アクション in TAMA』という反原発の市民イベントが開かれるそうなので行ってみようと思っています。


僕はこのブログで、去年の原発事故後、政府の中には「これ幸いと喜んでいる者がいる」と書いたのですが、今日のニュースを見ていたら案の定、福島に中間貯蔵施設を作る構想を発表したと言うではありませんか。
そしてニュースを見る限り、地元自治体の長はみんな「仕方がない」と言っているのです。


そんなバカな!
こんなズサンな政府のおかげで故郷がなくなってしまったのに、怒るどころか「仕方がない」というのは‥‥。
これが日本人のメンタリティーなのでしょうか? それとも仕組まれた茶番劇なのでしょうか?


今まで宙ぶらりんだった「中間貯蔵施設」問題がこうやって決着してしまったら、この先の原発継続にお墨付きを与えてしまうことになるのに‥‥。
どうしてこんな、理不尽に理不尽を重ねることが、なし崩し的に許されていくのでしょうか?


3月10日、NHK-BS1で『世界からみた福島原発事故』というドキュメンタリーが放映されました。
この中で、予想通りアメリカは、事故の早期からメルトダウンを把握していたことが明らかにされました。
日本の政府よりも、アメリカの軍の情報分析の方が早くて正確だったというのは、いったいどういうことでしょうか?


恥知らずにもほどがある、と思います。たとえて言えば、自分の家の家庭内問題を、隣りのうちの人の方がよく解っているということです。こんな親(政府)は、親(政府)失格でしょう。


そして、「想定外」という言い訳が、スイスやアメリカの原発関係者からすればいずれも想定し、その対策もしていたことであって、日本は単に「思考停止」していただけであったことも明らかにされました。


福島第一原発で採用されたGE製量産型原発の「Mark2」は、欠陥商品であって、それを当のアメリカも、そして同型原発を買ったスイスも途中で知って、安全対策を施していたのに、日本はそれをしなかったのです。


原子力安全委員会(班目春樹、久木田豊、久住静代、小山田修、代谷誠治/注:お名前は現委員各氏)は、1992年に出した『シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネジメントについて(決定)』という文書で、
「シビアアクシデントは現実に起こることは考えられないほど発生の可能性は十分小さいものとなっており、原子炉施設のリスクは十分低くなっていると判断できる」
と書いているのです。

そしてさらに『原子炉施設に関する安全設計審査指針』では、
「長期間にわたる全電源喪失は、考慮する必要はない」
と結論づけていたのです。
「想定外」ではなく、「想定」する思考を停止していただけだったのです。
最初の文章をよく読んでみてください。すごーくヘンなロジックです。


現実に起こるとは「考えられない」から「シビアアクシデントの可能性は十分小さく」「原子炉施設のリスクも十分低い」と言っているのです。
なんやねん、これ?
これが頭のいい人たちの思考なのでしょうか?
僕に言わせればアホですがな。


「考えられない」から「危険はない」なんて。じゃあ何のために委員になって、国から金を貰っていたのか。
なんのための原子力<安全>委員会なのか?
<安全>とは危険を想定しないことなのか?
これではただの、原子力<の危険を想定しないことにお墨付きを与える>委員会ではないか。
そんなんで、いいんかい!



スイスは、福島第一原発の事故を受けて、2034年までに現在5基ある原発の稼働停止と閉鎖を決めたそうです。
日本よりはるかに厳重な安全対策を施していたのにです。
一方のアメリカは、スリーマイル島の事故以来34年ぶりに、原発の新規着工を許可しました。


米エネルギー省のチュー長官、なんちゅーてたか。
「地球温暖化とエネルギー需要の増加で、原発技術の国際競争は激烈です。わが国の選択は明らかです。技術開発を進め輸出するのです」


米ヴォーグル原発の着工に反対する「行動する女性の会ジョージア」のボビー・ボール事務局長は言います。
「業界はいつも事故から学んだと言いますが、決して原発を止めようとはしません。なぜか。1日でも止めれば莫大な損失だからです。すべてはお金なのです」


この世は競争社会であり、アメリカは常に勝たなければならないという、アメリカン・ピープルの狂った思想。
日本政府はいつまでこの巨人、ならぬ狂人のポチを続けるつもりなのか。

●「世界からみた福島原発事故」再放送予定
3月11日(日) 午後6:00~午後6:50 BS1
3月16日(金) 午後6:00~午後6:50 BS1
先月のGARI GARI CLUBは参加者3人。寒風吹きすさぶ中には、似合った人数かな。
目指したのは浅草の「Sちゃん」という居酒屋。店内には、なぎら健壱御大の御尊影が飾られておりました。
知らない間に、浅草もすっかり変わっていたんですね。道路がインターロッキングブロック舗装され、すっかりキレイになっちゃった。それに、浅草駅が4つもあるのね。解らないよー。


「Sちゃん」にはあんまり感動しなかった。汚ナトランで三星だというので期待したんですけれど‥‥。
いや、悪い店じゃないんですよ。でも僕が求めるものはなかった。
僕が外の飲食店に求めるものは「サービス」。
じゃあ「サービス」って何かっていうと、「気配り」なのね。
客が何を求めているかをサッと察して、求めているもの以上のものを出して来る。その勝負。それが「サービス」。


「お客様、ただいまこういうキャンペーンをやております」「今ならこれが半額でございます」「○千円以上でポイントがつきます」
こういうのはサービスじゃない。「反則」、あっ間違えた、「販促」って言うの。
今の若いコは、サービスを受けたことも、してあげたこともないから、サービスが何かって、全然解ってないのね。
回転寿しでガッツリ食べられたり、コンビニで弁当買えたりすれば、それで満足している。
回ってない寿司屋には行ったことがないし、頼み方も解らない。可哀想に‥‥。


僕は、チェーン店は(人に誘われて仕方なしに行くことはあっても)原則行かない。バカバカしくて。
店員に商品知識も食体験もないし、だいいち店員が店で提供しているものを食べていない。食べさせて貰ってないんだから。
それで「おすすめ」を言って来るんだから、「いい加減にしろ!」と言いたくなる。
「お前がおすすめしたい根拠を示せ」と言いたくなる。
いや、店員をしかっても仕方がないんだ。スミマセン。結局、そのオーナーの考えだから。店員は可哀想なんだ。


そう言えば、○民の女性社員の自殺が、労災認定を受けたんですってねえ。
僕は、ずっと以前から、この店はインチキだって言っていた。
僕は絶対に行かない。この店だけは誘われたって行かない。ごめん被る。


今の社会、底辺はみな過酷な労働を強いられている。
それを、このチェーンのオーナーは「夢」って言ってるんだ。
それで、介護マーケットに進出したり、教育問題にコメントしたりしている。
政府でも「教育再生会議」の委員にこの男を起用したバカがいる。


「夢」はお前だけだろう、って言いたい。
飲食チェーンの社員やアルバイトに「夢」などあるものか!
お前に教育問題など語って欲しかないわい。


ぜー、ぜー、あー興奮してヨダレが出て来ちゃった。
えーと、「Sちゃん」。
店の外のビニールハウスで飲んだんだけど、頼んだ煮込みが15分で煮こごりになっちゃう。
写真撮っておけばよかったな。
皿をひっくり返しても中身が落ちない! 煮込みが固まって皿にひっついてる。
コラーゲンたっぷり! 女性の美容に最適。お肌ぷるるん。


とその時、初老の酔った男性が入って来て、Kaさんを「テレビで見た、なんとかさんに似ている」と話し出した。
この「なんとかさん」の具体的な名前はついに出なかったのだが、それはどうでもよかったのだ。
要はきっかけの言葉だったのね。


話を聞くと、ホテルの地下で暮らしている、という。
ホテルの地下ってなんだろう? ボイラー室かな? と思って追及したが、うるさがられてそれ以上は話してくれなかった。
僕はこのおじさんの、これまでの人生に、すごーく興味が沸いたんだけれど‥‥。
そんなことよりも、このおじさんのターゲットはすでに決まっていたのさ。Kaさんに。


♩ゲイのためなら女房を泣かす。
 それがどうした、文句があるか。【JASRAC不認可】


を地でいっているような人生をどうも送って来たらしい。
このおじさん、普段はサウナで物色するのだそうである。
浅草にサウナが2軒あって、一つはそっち方面の巣窟だそうである。
それで「恋人は居ないの?」と訊くと、「居る」と言う。
でも「たまにしか会えないので寂しいんだ」と言う。
「恋人はどこに居るの?」と訊くと「新宿」だという。
なんだ近いじゃん。


「で、どれくらいの頻度で会ってるの?」と訊くと「一月に3回くらい」って言う。
なんだよォ。一月に3回も会ってりゃ十分じゃないか。
それで、今日これからも、タクシーをすっとばして新宿に行くんだと言う。
だったら、今のこの時間は何なんだ。
Kaさんに「テレビで見た、なんとかさんに似ている」って接近してきたのは何なのよ?
この浮気性男め!


Koさんに「ホッピーは危険だよ」って言われていたんだけど、忠告無視してその後ガンガン飲んで‥‥。
家まではたどり着いたけど、深夜に風呂に入ったら、ムカムカしてきて脱衣所で昏倒。心臓が止まるかと思った。
前回浅草の「神谷バー」で飲んだときは、渋谷駅の階段から転げ落ちて、全身打撲。
どうも浅草は鬼門でげすな。反省。
2月28日、民間の事故調査委員会であるところの「福島原発事故独立検証委員会」というところが、自分たちがまとめた報告書について記者会見を行った。
ここで何が語られたかについては省きますが、僕はこれが「何のために作られたのかな?」と疑問に思ったのだ。


●政府とは違う民間の立場からちゃんと検証しましたよ、というアリバイづくりのためなのか、
●本当にあのとき何があって、何が問題であったかを、つまびらかにしようと思ったのか、
●広く国民一般に、内情を知らせたいと思ったのか、
●それとも、これで一件落着にしたかったのか、


第一、この調査には肝心の「東電」が応じていないというのである。
そして、福島第一原発の吉田所長に対する聴取というのも、ない?!というのである。
事故を起こした張本人に対する聴取がないのに、なんで「調査報告」になるのだろうか?
ふつう、犯罪があったら、犯人に事情聴取するでしょうが‥‥。


しかも、今の時代に「なんで報告書なの?」って思う。
こんな、文字の「報告書」なんて、いったい誰が読むというのだろう?
どこに行けば読めるのかも分からないし、
国民が知るのは、せいぜい記者会見のニュースと、週刊誌が書く抜粋くらいのものではないだろうか?
いったい、なんのために‥‥?


福島原発事故独立検証委員会のプレスリリースにはインタビューした人のリストが載っているが、
インタビューをしたのなら、なぜそれを映像で撮って、ドキュメンタリーを作らないのだろうか?
そうしたら、多くの国民に知らせることができるだろうに。
そういう発想がないのだろうか? それともそれができない事情があるのだろうか?
まったく解らない。


そう思っていたら、英国BBCが『Inside the Meltdown(メルトダウンの内幕)』というドキュメンタリーを作っていたことを知ったのである。
全部で59分であるが、なにはともあれ見ていただきたい。Youtubeに行けば、もっと大きな画面で見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=IwBELPtVUCA&feature=player_embedded#!



ここには、現場の職員も、菅総理も、吉田所長も、なんと東電の小森常務も出演し、インタビューに応じているのである。


BBCができるのに、何で日本ではできないの?
民放ができないのは解るよ。東電からスポンサー料を貰っているから。東電を追究したら、自分の体を切ることにななってしまう。民放にそんな勇気はない。ジャーナリズム精神なんて腐っているから。
でもNHKもやらないのはどうして? BSの『世界のドキュメンタリー』でBBCのこの作品をそのまんま流してくれたっていいよ。今からでもやって欲しいな。


「福島原発事故独立検証委員会」の報告書では、「菅さんが現場に介入し過ぎた」ということを問題にしているのだけれど、僕にはこれのどこが問題なのか、いま一つよく解らないのだ。
「菅さんが現場に介入し過ぎた」から混乱したのであって、それがなくて現場は現場の人間に任せていたら、もっとましな対応になったということなのだろうか? 本当?


BBCの『Inside the Meltdown』を観ると、地震直後から福島第一原発の現場では、もしかしたらメルトダウンに至るかもというのを予測していたことが解る。
ところが東電本社の指揮命令系統が機能マヒに陥っていたのである。


東電本社は、現場は吉田所長任せにする一方、隠蔽体質から、政府に対しては正確な情報を伝えない。
政府の「原発専門家」は、原発推進ありきを前提として、安全神話を流布するための権威にやとった東大閥の御用学者ばかりだから、そんなもの危機に際して役にたつわけがない。
これでは、僕だって「オレが直接見に行く!」と怒鳴ると思う。


この他にも、BBCの『Inside the Meltdown』で初めて解ったことがいろいろある。
●菅さんは、メルトダウンの危機を当初から如実に感じており、首都圏壊滅、そして全世界への影響を怖れていたこと。
●全電源喪失という事態に際し、電源車を送ったときに菅さんはほっとしたが、電源の場所が水没していて役に立たなかったこと。
●水蒸気爆発を防ぐためにベント(水蒸気弁を開ける)を決断したが、ベントは電動であったためにすぐには可動しなかったこと。
●ベントを手動で行うためには、高い放射線量の中、決死の覚悟で現場に入る必要があったこと。
●東電本社は、福島第一原発の所員に対し、一部を除き撤退非難(つまり原発の放棄)を指示していたこと。
●そのとき、吉田所長は死を覚悟していたこと。(沈没する船の艦長と同じ心境)
●菅さんは東電のその行動を知って「撤退などありえない」と檄を飛ばしたこと。
●SPEEDIの情報は、菅さんのところには全く上がってきていなかったこと。


その他、自衛隊や東京消防庁職員の緊張感ある行動の映像なども含まれていて、その時の現場の状況がかなりリアルなものとして伝わってきます。
Youtubeのアドレスをコピペして、多くの日本国民が見られるようにしてくださると、いいかなと思います。

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