LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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由紀さおりさんの『1969』というアルバムが、世界20カ国以上でCD発売とデジタル配信がされ、大きな反響を呼んでいるようです。
このような快挙は、坂本九ちゃんの『SUKIYAKI(上を向いて歩こう)』以来だというのですから素晴らしいですね。

なによりビックリするのは、このアルバムが1969年当時の日本の歌謡曲を、日本語で歌っていることです。
若い方はもちろんご存知ないでしょうが、1969年当時の音楽シーンは、ポップス、ジャズ、カンツォーネ、ブルース、ハワイアン、エレキ、歌謡曲、演歌、民謡、はてまた浪曲までなんでもござれの時代だったのです。

それらが混然となってヒットチャートを競っていたのですから、ある意味幸せな時代でした。
そして由紀さおりさんがデビュー曲『夜明けのスキャット』で彗星のごとく登場したのが1969年です。
はな垂れ小僧だった私は<スキャット>の意味も知りませんでしたが、とにかく伸びやかな声がすばらしくて、他の歌謡曲とは異彩を放っていました。

この時代の日本の歌謡曲が、いま世界で賞賛を浴びているというのには感慨深いものがあります。
当時はまだ外国文化に強い憧れがあった時代ですが、日本の音楽家たちは、外国の音楽をたくみに取り入れながらも日本人独自のメロディーと詩を創っていったのです。
それをひとことで言えば、叙情性と言えるでしょうか。それが、西洋人にはいま新鮮に映っているのかもしれませんね。

NHKの「SONGS」で特集があります。
総合 1月25日(水) 午後10:55~11:24
総合 2月1日(水) 午前1:30~1:59【再】 ※1月31日(火)深夜

■由紀さおりさんのサイト
http://www.emimusic.jp/pmsy1969/html/movie.html

■記事は、この人が詳しい
http://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000361.000000664.html
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(つづき)
民放テレビを見なくなったのと入れ替わるようにして、見続けるようになったテレビ番組がある。
NHK BS1の「世界のドキュメンタリー」である。
僕はここで放送された番組の、たぶん8割は確実に見ているように思う。


とにかく、ドラマよりもずっと面白いのだ。
現実を切り取ったものの方が、ドラマを追い越してしまったと言える。つまり現実の方が、ドラマよりもよほどドラマティックになってしまったということだ。
これがいいことなのか、悪いことなのか。
たぶん悪いことなんでしょうね。現実にドラマティックな要素が溢れているということは、人々が平和に暮らせてはいない、不幸な社会が世界中に蔓延しているということだから。


ドキュメンタリーを見続けて解ったことがある。
一つは、民衆というのは、世界中どこもさして変わりがないのだということ。
何を幸福と感じているのか、何を希求しているのか、何に苦しんでいるのか。
根っこの部分はどこの国の、誰でも一緒。人に変わりはない。
だから、ここにスポットを当てれば、世界中の人々は解り合えるはず。


ところが、それを解り合えなくしてしまう仕組みがある。
それが国家であり、イデオロギーであり、宗教であり、経済圏なのである。
要は「枠組み」だ。
「枠組み」がそこに所属する人たちを規定してしまい、垣根をつくってしまう。
だから人々は解り合えない。それどころか、むしろ敵対する。


そして、「枠組み」ありきで発想することを当然と考え、「枠組み」を作ることを使命とし、「枠組み」の維持に情熱を傾ける一部の人たちがいる。
それぞれの「枠組み」の指導者である。
民衆は、こうした指導者によって支配され、指導者層(つまりは支配者層)にとって都合のいいような教育(実は洗脳)がなされ、家畜化されてしまう。


マスメディアとは、そういう家畜を飼いならす道具なのである。
外に向かっては「枠組み」を強調し、内に向かっては支配者層にとって都合のいい「幸福論」を説き、時々ガス抜きのための「興奮」(娯楽)を与える。そうやって洗脳していくわけである。


昨年の6月、僕はフィリピンの語学学校に一ヶ月ほど行ったのだが、そこで韓国人の元軍人とこんな話になった。
「韓国の人って凄いよね。日本の国旗を焼いたり、首相の写真を踏みつけたり」
「いや、あれは一部の人なんだ。大多数の韓国人は日本に憧れを持っていて好きなんだよ」
「へーそうなの。でもTVで見る映像はそんなのばっかりだよ」
「そんなこと言ったら、韓国だって同じだよ。日本人の嫌韓の人のデモとか、そんな映像ばっかりだよ」
「そうなんだ。日本じゃおばさんなんか韓国ドラマのイケメンに夢中だよ。日本人の男なんて弱っちくて人気がないんだよ」


パンとサーカス」(大衆には「喰いもの」と、怒りのエネルギーを解消させる「興奮」を時々与えてやりさえすれば、簡単に支配ができるんだぜ、というローマ帝国が用いたノウハウ)は、今も生きているのだ。
「大衆なんてアホなんやから『パンとサーカス』さえ与えておけばそれでええねん」ちゅうわけだ。
だから、「パンとサーカス」に、簡単に引っ掛かっちゃいけないんだよ。
「サーカスを楽しむな」とは言わない。
でもその背後にあるものを見抜かなくちゃね。


もう一つ解ったことは、ドキュメンタリーを見て初めて知ることと、日常のニュース報道との、真実に関するあまりにも大きな隔たりだ。
ニュースは真実を伝えない。所詮、国家の枠組みの中で、情報統制されたものだから。
福島原発事故の報道を思い出してもらえば、それが如実に解ると思う。
対して「ドキュメンタリーが真実を伝えている」とは必ずしも言い切れないが、「真実に迫っている」とは言えると思う。


ドキュメンタリーというのは報道とは違う。そこには、それを作った人の「作家性」が入り込む。つまり現実を切り取る「視点」だ。
僕は、だからこそ、誰が撮って編集しているのかも解らない報道よりも、信憑性が高いと思う。(もちろん反対のリスクもあって、森達也さんなんかはフェイク・ドキュメンタリーを創って、そのことを実験しているのだが)


だけど、「真実」と「事実」は違う。「真実」とは「事実」の背後に隠れたものだ。
現実を切り取った瞬間、そこに定着させたものはすでに「事実」ではないわけで、重要なのは「真実」だ。
作家が「真実」を追究していないのであれば、やはりそれなりのものしか映像には写らない。今の観客はそれを見抜いてしまうと思う。


ところで、そうやってドキュメンタリーを見続けた結果、困ったことが起きた。
フツーの人とは持っている情報の質と深さが、著しく乖離してしまったのだ。
たとえば、昨年の11月26日に放送された『21世紀の戦争 サイバー攻撃の恐怖』というドキュメンタリー。
これは「スタックスネット(STUXNET WORM)」という新種のコンピュータウィルスによるサイバー攻撃の全貌を描いたものであったが、いったいどれくらいの人がこれを観て、またどれくらいの人が関心を抱いたであろうか?
僕などは「こりゃあ、どえりゃーことだ」と思い、ゾッとしたのだが‥‥。


「スタックスネット」の話というのはこうである。
2010年、かねてから核開発が疑われているイランのナタンズ核燃料施設が何者かにサイバー攻撃された。
これは、ドイツのシーメンス社製核濃縮プラントの制御を不能にするウィルスで、しかもそれはナタンズ核燃料施設だけを標的に作動するように設計されていた。


ナタンズ核燃料施設は、こうしたサイバー攻撃を予測して、外部とつながるネットワークは持っていなかった。
ところが攻撃をしかけた側は、まず世界中にこのウィルスをばらまき、これに感染したコンピュータからUSBなどのメディアを経由し、独立してあるナタンズ核燃料施設にもいつか感染が広がるだろうと考えた。そして実際、そうなった。
イランが、そんなもの「要らん」と言っても、通用しないのだ。


幸いイランは、大惨事に至ることなくこれを防ぐことができたのだが、ウィルスを調べてみると大変なことが解った。
この「スタックスネット」はセキュリティホールを4箇所も狙ったもので、シマンテックなどの対策機関もお手上げの、事実上対策不可能な高度なものであったという。
そして、このウィルスのクォリティの高さや開発に至る資金量を考えたら、そんなことをやれたところはあそこしかないという結論に達する。


「イスラエル軍」である。
番組では、これをイスラエルの仕業であるとは断定していなかったが、シーメンス社のあるドイツ政府はイスラエルの仕業と言い切り、イスラエルの関係者も明確に否定はしなかった。
しかし状況から見て、「イスラエル軍」の仕業であったことは疑いようがない。


・対策不可能な新種のコンピュータウィルスの出現。
・いまや核施設を狙って破壊できることの証明。(当然、爆発や放射能汚染が起きる。だから攻撃用の核爆弾を持つ必要がない)
・国家という存在によるテロル。
・戦争という概念の修正。
・アメリカも知り得なかったイスラエルの暴走。
・しかも国際的ハッカー集団「アノニマス」がこの「スタックスネット」のコードを手に入れたと発表。(核を手にしたと同じ意味になる)


こういった大問題が「スタックスネット」には全部含まれているのだ。
イスラエルからはイランは遠過ぎて、戦闘爆撃機による破壊活動は行えない。(途中で燃料切れになり、空中給油機を必要とする。またシリアかイラク、あるいはサウジアラビアの上空を通過しなければならない)
それだったら、サイバー攻撃の方が、はるかに安上がりに済むし、実行性も高いのだ。
まさに21世紀の戦争概念を変えた出来事だったわけである。


「こりゃあ、どえりゃーことだ」と思った僕は、そこから「なぜ?」という興味を膨らませてゆく。
すると、ウィルスのこと、シーメンス社という企業のこと、モサド(イスラエルの情報機関)のこと、アメリカとイスラエルとの関係、アメリカ社会にいるユダ人のこと、さらにはパレスチナ問題から、ユダヤ人とはそもそも何か、そしてモーセやエクソダスのことまで調べるということになっていく。
こうなると、フツーの人とは、持っている情報の質がかけ離れていってしまうのだ。


なんにも知らない人に「2010年にさぁ、イスラエルがイランの核開発施設にサイバー攻撃しかけたんだぜ。それでその暗号を解読したハッカーも出て来たんだよ。このウィルスがあれば、原子力発電所を狙ってテロもできるんだぜ。核爆弾不要で、安上がりに敵を核攻撃できるようになったんだぜ」と言ったとしよう。
まず最初のひとことで、フツーの人は、「こいつアホか?」と思うであろう。
そこでさらに、モーセだのエクソダスだのまで話題に出したとしたら、「この人、新興宗教に洗脳されているのかしら?」と思われるであろう。


だから、深い情報を知れば知るほど、共通に語り合える人が少なくなって、孤独になっていく。
昨日も、最近ご無沙汰していたある会合の主催者から電話があって「なんで、最近出て来ないんだ」と。
こっちは(出てもつまんないから)だけなのだが、「そうやって、社会に背を向けていないで‥‥」って言われてしまった。
(いや‥‥社会に背を向けているわけじゃないんだけど‥‥そうじゃなくて‥‥)
真正面から社会を深く見つめようとすると、逆に、世間からは「背を向けている」と言われてしまうのだ。


やっぱり、AKB48とか、なでしこジャパンとか、石川遼くんとか、株が上がったとか下がったとか、犬とか猫とか、そういう(僕にとってはどうでもいい)ことを言っていないと、世間から「背を向けている」ということになってしまうらしいのだ。
一般ピープルからすれば、スタックスネットとか、イスラエルとか、パレスチナ問題とか、アノニマスとか、そっちがどうでもいいことになっちゃう。
そんなこと知ったところで、オレの収入と関係があるのかと、今晩のおかずが一品増えるのかと。
 

僕のブログの更新回数が少ないのは、決して考えていないわけじゃなくて、考え過ぎて、調べ過ぎて、そこで得た情報量と、書くスピードが全く合わなくなっているためなのだ。
考えたり分析しているうちに、こんなこと言ってもどうせ信用されないだろうな、という思いが高じて来て、ひどいときには失語症になってしまうというわけ。


「スタックスネット」のことも、僕は「どえりゃーことだ」って思ったけど、同じように思った人、どれくらいいるのかな?
でもまあ今は、どこかに理解してくれる人もいるかもって、楽観的にとらえている。
少しずつだけど、一般ピープルの意識も変わって来ているしね。
続きを読む
新聞をやめて5年、雑誌購読をやめて4年、民放テレビを観なくなって2年、NHKニュースを観なくなってから1年が経った。(震災事故のときはさすがにウォッチしましたが‥)
それで困ったかって? ぜーんぜん。
情報鎖国に陥ったかって? ぜーんぜん。


どうでもいいような情報と、ウソ情報を遮断したら、以前よりもっと深い情報を知ることができるようになりました。
逆に言うと、世の中で飛び交っている情報のほとんどは、どうでもいいようなことと、ウソばかりだということになる。
さらに言えば、それらの産業に携わっている人々の大多数は、どうでもいいようなことと、ウソをこしらえることに情熱を捧げているということになる。


ネットの世界では、最近「マスゴミ」という言い方が定着したようだけど、僕はそこまでは言いたくないナ。
働いている人それぞれの事情がおありだろうし‥‥。
でも、本来どうすべきなのか、どうあるべきか、ということは、メディアに携わる者として真剣に考えてもらいたいと思う。


オレにとっては、AKB48なんてどうだっていい。
そう簡単に、秋元康の戦略には乗らないよーだ。スターウォーズだヨーダ。(あ、いかん、このギャグ前にも使った!)
巨人、大鵬、卵焼きの時代が終わってから、国民的アイドルなんて、とっくにいない。
村上龍さんも言っていたけど、今の時代に流行語大賞なんて無意味。
「流行」を強調する人たちは、それを死守することで「業界を守りたい」だけなんだ。


NHKニュースは観なくなったのだが、代わって観るようになったのがBS1の『ワールドWave』。
これを録画しておいて1.5倍速でダーッと観る。この中で気になったアジアの話題があれば、さらに『ワールドWave アジア』でチェックする。
2年これを続けたら、いかに日本のニュースがすっとんきょうなものであるかが、よーーーーーく解った。
とにかく、隔絶しているんだ。確実に隔絶している。


第一に、外国のニュースを伝える量が圧倒的に少ない。日本にとって外国とは、一にアメリカ、次に中国と韓国まで。ヨーロッパや中東なんて、日本にとっちゃファーウエストなのよね。(ヨーロッパからは、やっぱりファーイーストだけど)


第二に、外国のニュース比率が少ないということは、ほとんどが国内の話題で占められるということでもある。
この「内向き」目線は、世界の国々と比べると、すごーくファニーな感じがする。
別な意味で、アメリカもまた異常に「内向き」な国。
日本は島国根性で内向きなのだが、アメリカは傲慢なうえの内向きなの。アメリカ人は他国になど関心がないのだ。「オレはジャイアン」という意識が抜けない。


第三に、政治のニュースは「政局」ばっかり。ようするに、どうでもいいことばっかり。
でもヨーロッパはちゃんと政治をニュースにしている。これは狭い地域にたくさんの国がひしめき合っていることと、アフリカ、アラブ、イスラエル、ロシアが距離的に近くて、他国で火事が起きれば火の粉がすぐに降り掛かってくるからだ。


ここでも日本同様にファニーなのはアメリカ。アメリカの政治ニュースって、セックス・スキャンダルばっかし。大統領候補者同士がそういう中傷合戦をやるのね。よく飽きないなぁって思う。
なにが「民主主義」だっつーのよ。大統領候補者同士がセックス・スキャンダル合戦するなんてお下劣な国は、アメリカだけだと思うよ。


第四に、日本のマスメディアの報道内容はどこも一緒。記者クラブ制度って、ネタが同じで、結果的に情報統制してるってことだものね。ジャーナリズムなんて、ありゃしないよ。
そういう意味では、中国やロシアとさして変わらない。


ロシアって変わっているんだ。どんなニュースでも必ずメドベージェフかプーチンが登場してきて、庶民に直接意見を聞く姿と、机で向かい合って閣僚に指示する姿ってのが、毎日のように映し出されるのね。
<庶民の皆さんの声には耳を傾けますよ。それで大臣には直接私が指示しましたよ>ってことが実に単純で解りやすいの。まあ、ミエミエだね。


日本のニュースでは、街の話題は街の人しか登場しないけど、ここに必ずひょっこり野田さんが表れて、おかず横町でメンチカツ売っている人と話をするって感じなの。
その後すぐに、安住財務省を呼び出して「おい、おかず横町のおばはんが、肉の値段が高騰しているってぼやいていたぞ。すぐなんとかしなさい」って指示する、そんな感じなのね。


えー、よくこんなに毎日庶民の間を回る時間が取れるなぁ? スケジュールどうなっているんだろ? と思っていたけど、たぶん一週間分溜め撮りとかしているんでしょうね。
それとプーチンが、ソビエト解体後、ロシアのメディア王となった人物を国外に追い出し、メディアを乗っ取ったんだ。だからロシアのメディアは事実上国営、っていうか、プーチンの私営みたいになっている。


中国もすごい。中国は中東で革命が勃発し、その背景にインターネット・メディアが大きく関わったことを危惧して、最近、情報統制を強めているのね。ひとたび反体制的と判断されたら、プロバイダは即刻お取り潰し、危険人物は逮捕されてしまう。
中国国内で起きている暴動のニュースなど、中国メディアにはもちろん流れない。


でもオーストラリアとかヨーロッパのニュースにはこれがちゃんと報道されるんだ。中国国内の暴動のニュースが、映像つきで。
だから、ワールドニュースをちゃんと見ないとダメだっていうわけさ。
日本の国内ニュースだって、外国で報道されているニュースを見た方が、まだ真実に迫れる可能性があるよ。
日本のニュースなんて、見る必要性なし。むしろ有害。インターネットでアウトラインをチェックすれば充分。


オーストラリアは、日本からすればアジアって感じがあんまりしないよね。南半球にあるし、白人が大多数を占める国家だし、イギリス連邦(Commonwealth of Nations)に属する国だし。
でもオーストラリアのニュースは、広くアジアをカヴァーしている。中国、インドネシア、フィリピン、タイ、ヴェトナム、インド辺りまでが、トップニュースとして扱われている。日本はどっちかっていうと悪者扱い。(クジラをとるから)


こういう感覚が、ぜんぜん日本とは違う。
日本がアジアの盟主として留まりたいのなら、オーストラリアのこの報道姿勢を見習わないと。でももうムリだろうなぁ。
日本の体質は変わらないね。
AKB48の方がいいのさ。


12月30日に特番放送された『サラリーマンNEO』は、一地方テレビ局を舞台にしたものだった。
この局では、大晦日にひさびさに全国ネットで配信される番組が制作できるってことで、みんな張り切っている。
それは、地元の動物園にいる立ち上がるキツネ「コンちゃん」が全国で話題となっていたから。おかげで「コンちゃん音頭」という唄も大ヒット。
ところがその「コンちゃん」が、本番直前に急死してしまう。さあ、どうしたらいい?


コント(というか舞台劇だね)はよく出来ていたけど、笑えなかったナ。
ギャグって、それを揶揄する元がしっかりしていないと、ギャグにならないの。
でもテレビのお話は、生々し過ぎて、もはや揶揄する対象じゃないのね。
チクリ! ってのが、もはやイジメみたいになっちゃって、痛々しい感じまでしちゃう。
NHKがこういうコントを放送したってことに、テレビの自虐を感じたね。

(続く)

PS.「コンちゃん音頭」で、急に、吉永小百合の『奈良の春日野』を思い出した。
とにかく聞いてみて。なに、このシュールさは?



あ、いかん! オレがどうでもいいこと語っている。
最近、村上龍さんではないが「政治の話はもういいよ」という気がだんだんと高まって来た。
もちろん政治は大事で、政治があらゆることを動かしていくのだから、それを監視して修正を迫ったりしなければならないのだが、庶民の手段というものが限られていて、どうにもならないと感じるのだ。


自民党や民主党にメールを出しても、返事なんて来やしないし、読んでいる議員がいるかどうかも解らない。
けっきょく庶民の政治参加手段は「選挙」の機会しかないわけだが‥‥
自民党から民主党にスイッチして、はて、いったい何が変わったのだろうか?


国の借金は減らない。
雇用不安はちっとも解消されずに、景気は悪いまんま。
福祉をブチ上げたものの、財政難で思うようにいかない。
沖縄米軍基地問題も進展しない。
アメリカ追従主義は自民党と同じ。(野田さんになって小泉時代に逆戻り)
外交戦略まったくのドヘタ。
原発事故の対処はお粗末極まりなく、
国民にはきちんとした情報を与えずに、被災者は見殺し状態。
こんなことになっても「原発全面廃止!」という決断をする勇気もない。
事故調査委員会は「政府」のヒモ付きだから意味無し
ウソつきどもを処罰する気はまったくなし。
(だって、被告席に坐るのは「政府」と「東電」なのに、その被告人が調査してんだからネ)
復興予算は、けっきょく電力料金の値上げと増税でまかなう腹づもり。
民主党の脱藩者も、野田政権が増税をブチ上げたから、選挙対策で脱藩したのはミエミエだし。


いったいどこが「民主」なんだろう? 民主党の「民主」ってなんやねん?


最近、「民主主義って、しょうもないなー」って思うようになった。


一国が、いちばんヒドい状況にあるのが、内戦状態。
これを停止するには、民主主義ではムリ。軍事独裁しかない。
それで、ふつうは秩序がある程度保たれるようになったら、選挙を実施して、民主主義に移行する。


だけど、民主主義は多数決の論理だから、アフリカ諸国のように、第二次世界大戦後勝手に国境を分けられた国では、その国にいる部族の人数で民主主義の行方が決まってしまう。
だから当然、部族衝突が起きる。
その混乱に蓋をするには、とりあえずの軍事独裁しかなかったわけだけど、「民主主義」の輸出国アメリカが蓋をとっちゃったから、国内が内戦状態になるのは当たり前なんだよね。


ヒラリー・クリントンがミャンマーに行って「民主主義の先輩として‥‥」って言ったのを聴いて、「おまえなー」って思った。「よく言うぜ」
アメリカ国内でいま「99%運動」やっている人は、「アメリカに民主主義はない」って言ってるんだぜ。
アメリカにあるのは「見ん衆主義」に過ぎない!


結局アメリカが、なんであんなに「民主主義」の輸出にこだわるのかというと、アメリカのいいなりになる政府を創りたいためなんだ。
その作戦で、もっとも成功したのが、情けないかな、我が国日本!
考えてみたまえ。太平洋戦争のときは、鬼畜米英だったのに、今はアメリカ様々だ。
僕は、松下成型塾(間違えました)松下政経塾出身の政治家ってダメなんじゃないかと思う。
どうもアメリカのスパイ養成機関のような気がするんだ。ショッカーのような、人間改造機関「成型塾」。


オバマもにもガッカリ、日本の民主党にもガッカリ。
で、解って来たのは、先進国の民主主義(というか政党政治だけど)が、民衆の不満の「ガス抜き」をする装置に過ぎない、ということ。
「暴動」や、その先にある「革命」を防止する装置が、「民主主義」というお題目なんだ。


A政権にずっと統治させると、だんだん民衆の不満が高まる。そこでB政権にスイッチさせる。
民衆はこのスイッチで、とりあえずの不満を解消させるが、しばらくするとB政権にも不満を抱くようになる。
そこで、A政権に再びスイッチする。
これが「二大政党制」ということの、本当の意味だ。


結局どっちにしたって、それを影で演出している者の利益になるように、大衆不満が適当にコントロールされるだけなんだ。
「民主主義」とか、
「自由」とか、
「経済発展」とか、
そんなお題目を並べて。


そういう意味において、政治家は「政治」をしていないと思うが、それに輪をかけてひどいのが「政局」しか報道しないマスコミと、「政局」しか語らない政党幹部だ。
こうして、いま本当に必要な事が誤摩化され、目くらましの彼方に置かれる。
あーあ、もうウンザリだ。


「選挙」というものが、唯一の政治参加手段なのなら(本当はデモとかあるんだけど、骨抜きだし‥‥)、「落選運動(こいつには投票するな!)」というものを、これから真剣にやっていく必要があると思う。
「政党」ではなく、立候補者個人個人に、エネルギー政策とか、安保とか、経済に関する基本理念とか、共通の質問を出して、「あなたはどう考えるのか? 当選させたら何をしてくれるのか? 当選後その約束ができなかったらどういう責任を取るつもりか?」までちゃんと聞いて、その回答で、投票するかどうか選ぶような仕組みが必要だと思うな。


PS. これを書いていたら、民主党の安住さん(いつの間にか、財務大臣になってたんですねぇ)が、アメリカのイラン制裁に協力して「イランからの石油輸入の割合いを減らす」って語ったニュースを見たのね。
横に立っているのが、アメリカから来たティモシー・ガイトナー。この人「デビル」って言われているんだよ。
日本の金融占領の指揮官。日本から財産をぶんどったワルなのね。野田政治って、いったい何をしたいんでしょうねぇ?


PS.のPS. 外出して帰って来てから、ピン!ときた。
アメリカは、菅直人にやきもきしていて、「菅直人じゃダメだ。もう切れ!」ということになったんだと思う。
福島原発一号機は、アメリカのGE製。二号機以降はライセンス供与によって日米共同で作ったもの。
これが大事故を起こしたら、今後のアメリカ国内のエネルギー政策にも大きく影響する。(アメリカはスリーマイル原発事故以降、原発の新たな開発を停止していたが、オバマになって『クリーン・エネルギー』ってことで、原発推進を再開することを決めていた)

そこに大事故が起きた。アメリカは初期の段階で原子炉のメルトダウンを掴んでいたが(放射線を調べればすぐに解る)、その収束に向けての協力の申し出を、菅直人が拒否。結果として、修正不可能な大事故につながった。
こうなったら、日本政府に脅しをかけて、菅直人を一刻も早く切り、親米政権を作らないといけない。
それが今の野田政権だと思う。財務省の中に居るスパイも、野田政権発足ですごく喜んでいるよ。

ガイトナーはロックフェラー家に育てられた男で、ロックフェラー家は石油を支配している。
しかし石油はもうダメだ。枯渇しつつあるし、アラブもこの先、思い通りコントロールできるかどうか解らない。
(イラク戦争の目的は石油支配)
そうなると、次のエネルギー支配は、原発で、ってことに必然的になっちゃうんだよね。
野田政権はそのポチだと思う。
元旦早々「顔」ということを考えてみた。
男の顔は履歴書』というタイトルの映画があったけど、それをある女性に言ったら、「あら、女だってそうですよ」と言われた。


歳をとったら、チャーミングにならなくちゃいけないと思う。
先日、NHKBSの『百年インタビュー』という番組に、塩野七生さんが出演されていたのを見たのだが、黒のジャケットスーツの足もとが、同じく黒のピンヒールをだったのを見て「おおっ!」となった。推定、高さ7センチ。


それをまた別の女性に話したら、突如「ピンヒールを履いちゃいかんのか!」と、その女性が怒りだし、僕は「はー」と疲れました。
最初っから戦闘ムードバリバリで、ひとの話をよく聴かない人がいるのね。
僕は「塩野七生さんがチャーミングだったよ」って話をしているのに‥‥。まいりました。


いつも思うんだけど、ミュージシャンって、歳をとってからステキな顔をしている人が多い。
エリック・クラプトンとか、クラウス・フォアマンとか、めちゃめちゃカッコいい。
それと、役者さんだと、若い頃、悪役をやっていた人。どんどんいい顔になる。
二枚目は意外と、歳をとってからがダメなのね。





『ダーティー・ハリー』で狂った犯人役を演じたアンディ・ロビンソン。彼はこの役のイメージがあまりにも強烈過ぎて、その後役がつかず、ずっと不遇だったのだけれど、クリント・イーストウッドの回顧ドキュメンタリーに出てた、初老を迎えた彼は、もの凄くカッコよくなっていた。話していることが哲学になっているんだ。
それと、『ブレードランナー』でレプリカントのリーダー役を演じたルトガー・ハウアーも、超カッコよくなっている。(もっともこの人は、元々大物だけど)↓この人、ルトガー・ハウアー


hauer.jpg


結局、アーティストの顔がよくなっていくというのは、「感覚」に生きていて、「感覚」を突き詰めていくからだと思うんだ。
「感覚」は、自己の内面に直結しているので、それを追究することで、ウソのない顔がだんだんと作られていくと思うのね。
だけど、「感覚」ではなくて、「作為」をめぐらした顔はダメ。そこにウソが入って来ちゃうから。それが表に出ちゃうんだ。政治家はその典型。
二枚目顔が案外ダメになっていくのは、いい顔をつねに作ろうという「作為」が、逆作用していってるからじゃないのかな?


若いときは、誰だってそりゃキレイだけど、そのキレイさはどうしたって崩れていくわけだから、現状維持をしようたってしょせん無理なんだ。
要は、歳を重ねていくこと、その変化をどう受け入れるかだと思う。


女優さんだって、それを解っている人と、解っていない人がいる。
解っていない人は、成形でなんとか若さを保とうとするけど、見てる方は「あ、ありゃ成形してるね」なんて言いながら見ている。
でも、岸恵子さんや香川京子さんなんかは、歳を重ねることを恥だと思っていないから、堂々としていて、すごくチャーミングだ。
クリント・イーストウッドだって、あんなに皺くちゃになっても、堂々としているし、笑顔はいつもチャーミングだ。


ウディ・アレンの『マンハッタン』の中で、アレンが同棲中の17歳の女の子、マリエル・ヘミングウェイと一緒にテレビを見ながらペチャクチャ喋るシーンがある。
「あ、この人カツラだよね」「あ、ほんどだ」「なんでそのまんまにしないのかね」「醜いよね」「うん、そうだね」と、確かそんな会話だったと思う。(ウディ・アレンはもう頭のてっぺんが薄くなり始めていて、それが可笑しい)


毒蝮三太夫さんは、「みんな、若いねとか、きれいだね、と言ってあげれば喜ぶのが解っているから、自分はあえて『婆ぁっ』て、言ってやるんだ」とラジオで語っていた。
いじわるかも知れないけど、毒蝮流の「愛」だね。


僕、いつも思うんだけど、「SK2を使ったら桃井かおりさんのようになれる」んじゃないっつーの。
バケモノのように若い桃井かおりさんを、SK2のキャラクターに起用しただけなんだから。そこを錯覚しちゃいけない。
もっともCMは、錯覚させなきゃ話にならないんだけど。


だけど、若さ、若さって、そんなに若く見えなきゃいかんのかね?
結局、「若く見られたい」ってのは、老人が以前より尊敬されなくなったからだよね。
世の中、老人だらけになって、珍品としての価値がなくなったんだ。
それはとりもなおさず、老人だけが持つノウハウに対して、日本社会が見向きもしなくなったってことなんだ。
それよりは、今は、スマホとかツイッターできるってことが「価値」になっちゃってる。
箱物はいっぱい作るけど、ゲートボールで遊ばせときゃいいって感じで、箱物なんて姥捨て山なんだよな。


ミッキー・カーティスさんが言っていた。
「たまにテレビに呼ばれて、懐メロでロカビリーを歌ってくれって言われる。でも俺は、それをバラードで歌うんだ。今の俺の感覚がそうだから。昔なんてもういいんだ。俺は、今の自分の方が好きだね」って。
それで歌ったバラード。本当に絶品なんだよ。凄い!


ムダな抵抗はやめて、「今の自分の方が好きだ」って、堂々と言えるようになろうよね。

プロフィール

imanari munekazu

Author:imanari munekazu
このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

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