LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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NHKのBSシネマで『チャイナ・シンドローム(The China Syndrome)』をやっていたので、複雑な気持ちでこれを観た。
日本公開は1979年。公開時には見逃していたのだが、その当時「チャイナ・シンドローム」という言葉の意味がかなり一般に浸透したことを覚えている。

チャイナシンドローム

要するに、アメリカの原発で炉心溶融が起きると、溶けた燃料が圧力隔壁を突き破って、地球の裏側の中国まで達するぞ、という意味である。
それほど、炉心溶融(メルトダウン)は恐ろしいんだぞ、というこれは警告の映画であった。
アメリカでは、映画が公開されたその日から12日後に、あのスリーマイル島原発事故が起こり、あまりのタイムリーに、映画も大ヒットしたということだ。


映画は、原発の技師で原発稼働コントロールの責任者であるジャック・ゴデル(ジャック・レモン)が、手抜き工事の不正を知り、これが重大事故につながるかもしれないと危惧、内部告発しようとして会社から睨まれ、最後は殺されてしまうという悲劇を扱っている。(ジャック・レモンって、やっぱりいい役者だなぁ。コメディも出来るし)
ジャック・ゴデルは、自身が開発に加わった原発を愛しており、技師としての職務に忠実であろうとするのだが、金もうけ優先の会社はそれを疎ましく思い、何もなかったことにして彼を葬り去ろうとするのである。


図式は単純だが、その単純なことが、今回の福島原発事故でもそのまんま起きている。
事故を隠そうとする電力会社と政府。その陰で、犠牲になっている人々。
人間て、懲りるってことがないんだね。


複雑な気持ちにさせられたのは、映画『チャイナ・シンドローム』では、メルトダウンが<未知の、なにか恐ろしいこと>として扱われていたのに、福島第一原発では、それが実際に、三基も同時に起きてしまったことだ。
つまり、<おそろしい>の3倍が、現実に起きたのである。


それなのに、現在の、この平然さはなんなのだろうか?
地震直後には、日本人の冷静さが、世界中で(特に中国で)讃えられたのだが、
今の平静さは、いくら平成時代だといっても「おとなしいにも、ほどがある」のではないだろうか?
こうしている間にも、放射能汚染の連鎖は、静かに深く、浸透していっているのである。
チェルノブイリで今起きている問題が、日本で、確実にこれからやってくるのである。


除染」などと言っても、放射能がなくなるわけではない。
どこかに移していくだけで、「移染」と言った方が正しいのではないのかな?
捨て場所などどこにもないのだ。でもそれを政府は言わない!
政府もマスコミも、「除染」はやめて「移染」に言葉を改めるべきだ。


東日本に住む人間は、もう、長期にわたる内部被曝は避けられない。
政府はこの先「許容量」という数字を、だんだんとごまかして行くことであろう。
年金支給開始年齢をだんだんと上げて行くことと同じである。
普天間基地移設問題やTPPと同じである。
「小出し作戦」で、なんとなく、「そういうもんだ」という合意形成を図って行く。


そのことに、従順でいいのだろうか?
おとなしいにも、ほどがあるぞ! 日本国民。
世界中で、大規模デモと暴動とテロが起きているというのに。


日本では、中国漁船の体当たり問題を、国民に知らせずウヤムヤで終わらせようとしたけれど、
韓国では、中国漁船の違法操業に頭にきた人々が中国国旗を踏みつぶしたり、中国漁船の模型をぶっこわしたり、政府を弱腰だと街頭でも非難している。
「非は相手側にある」と、いつもは必ず強弁する中国も、さすがに今回は「韓国政府と共同して事態収拾を図る」とトーンダウンした。
韓国がうらやましい。さすがテンション民族である。
これじゃ喜怒哀楽の激しい韓国ドラマに、日本のドラマが勝てないわけだよ。


「和」の精神は、日本人の美徳であろうが、しかしそれによって「真実を見ようとしない」というのは、これからの時代に、大きな禍根を残すことになると思う。


Frying Dutchman“humanERROR”良かったら聴いてみてちょ。(映像はありません)
ぜんぶ言えてる。すごいなぁ。相当勉強しているね。



ところで、東京電力の大株主に「東京都」が鎮座しているのだが、都民である我々も、今回の事故の加害者ということになってしまうのであろうか?
東京都は我々が収めた都税で株を買ったわけだけど、東京電力の株主総会には、東京都から誰が出ているのであろうか?
大株主として、議決権を行使している人は誰なのであろうか? 都知事なのかな?
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ときわ食堂

12月8日、ガリガリクラブの忘年会を出張で行いました。
理由はホームグラウンドに決めた、Bar GARI GARI にはおつまみがないので、温かいものが食べたかったから。
場所は、日暮里から近い「町屋」という駅にある『ときわ食堂』。いい店でした。
小生、町屋駅に降りたのは初めてでした。


参加者4人。Kaさんの行きつけの店らしいです。
Kaさんも、帰宅途中下車して見つけたというから、よくやるわ。
「ガリガリクラブ」の前身、「虎ノ門サロン」(Ko氏主催)でも、居酒屋探検をよくしたけど、そのころ行った店で今も残っているところは少ないんだろうなぁ。


僕、考えてみたんだけど、こういう店が生き残っていくためには、第一に同じ階級の労働者が、固まって存在している場所、という条件が必須だと思う。
第二には、自分で自前の店舗を持っているということ。
高い家賃を払っていては、とても薄利多売の商売はできない。


駅前のメイン通りに空き店舗が出ると、すぐさま外食チェーンに押さえられてしまう。
そんな高い家賃を払えるのは、資金力のあるチェーン店だけだ。
しかし考えてみて欲しい。
そういう高い家賃を払ってまで、低価格の居酒屋チェーンを運営出来るのは、一体どうしてなのか?
それは、食材の仕入れコストが安いということと、そこで働く労働者の労働力が不当に搾取されているためなのだ。


去る12月7日、<非正規労働者が、厚生年金や健康保険に入りやすくするための制度見直し>に、外食産業が反対した。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111207/t10014479181000.html
日本フードサービス協会の佐竹力總会長が「負担が増える制度の見直しはパートで働く人や企業、それに地域の雇用に悪影響を与え、いいことはない」と語ったとか。
またもや、奇妙なヘリクツである。


要は、搾取ができなくなると、現在の経営状態を維持していけないというだけなのだが、それを、言い換えするわけだ。
TPP参加で農業を強くとか、農業にとってのチャンス、などというのと同じである。
支配者は常にこういうデタラメを平気で行う。


ときわ食堂』で、居酒屋チェーン界の寵児、ワタなんとかの話になった。
「あいつさ、最近、教育にまで口出ししているんだぜ」
「なにが、教育だよ。ちゃんちゃらおかしいね。一度行ったけど、最低!」
「あんなの、店じゃねぇよ」
「オレ、あそこの店長やっていたって女の子知っているんだけど、アルバイト半年で店長だってさ。アルバイト半年やって店長になれるって、いったいどんな店やねん」
「それが『教育』の成果とでも言うつもりなんかな?」
と、まぁ、オヤジが集まってぐだぐだ言うという、正当居酒屋における正しいコミュニケーションのあり方を実践したわけであります。


で、この『ときわ食堂』、本当にいい店です。
何より、メニューの豊富さ。よほど回転がいい店でないと、鮮度を要求される食材を、こんなに仕入れられません。
壁を見ると、朝7時からやっている。ギョエー! 深夜労働の労働者が、一杯やってから家に帰ることできるんやね。
僕のチェックポイントをお教えするネ。居酒屋は、〆鯖と、揚げ出し豆腐を見れば、だいたい実力が解る。
なぜかというと、両方とも最高の酒の肴で、単純な料理ではあるけど、手間が掛かるから。
刺身というのは鮮度しだいなので、それだけでは実力は判らない。


さて、そこで出会った、奇っ怪なメニュー。その名も「たらメニヤ」。

たらメニヤ

写真がそれなのだが、お店の人に訊いても「メニヤ」の意味が解らない。
たらの塩焼きとメニヤが並んでいるところから、「メニヤ」は調理法を差しているのであろう。
お店の人の話では、串揚げと同じように、天ぷら衣にパン粉を付けて揚げているのだという。
ふつうフライは、粉、卵、パン粉の順に付けるが、粉と卵を、一緒にし天ぷら衣にすることで、一工程を省いた調理法である。
こうすると、フライもののサクサク感はやや減じ、厚衣の天ぷらのようになる。


しかし‥‥。旧ソ連邦に「タラメニヤ」って国なかったっけ? とか、くだらないことしか浮かばない。
だけど、僕はポルトガル料理にルーツがあるんじゃないかな? と目星をつけた。
日本に最初に入った西洋料理はポルトガル料理で、これを南蛮料理と言った。
この南蛮料理が定着したもの代表が、今日の「天ぷら」だと言われている。
また飛龍頭(ひりょうず、ひろううす=がんもどきの別名)は、ポルトガル語のFillos(小麦粉をこねて油で揚げたパン)が語源だと言う。隠れキリシタンたちが、パン(キリスト教儀式で重要)の代わりにとうふで作って、弾圧の目をごまかしたというのだ。
僕が以前、ポルトガル料理研究家から聞いた話では「おじや」もポルトガル料理だそうだよ。


家に帰って、ポルトガル料理を調べてみると、ポルトガルでもっとも食べられている魚は、なんと「たら」だという。
よし、来た! フライにしてもよく食べるという。おお、近いぞ。しかしそれはフリットであって、メニヤという調理法は、辞書で調べてもとうとう見つからなかった。
く、苦爺思意ー。
きっと、日本語のカタカナ表記にする過程で、本来の発音とかけ離れた表記になってしまったのではないだろうか? 先頭の語は「m」ではないような気がするなー。
誰か知らないかなー?


ときわ食堂HP
http://tokiwa-machiya.sakura.ne.jp/
最近、NHK BSの『ワールドWAVE』を観ていて、「あれっ、アメリカの知らない放送局のニュースが流れているぞ」と不思議に思っていた。
その名をBloombergという。
この放送局、言ってることが、とにかく「カネ」の話ばっかりなのだ。最初から最後まで、カネ、カネ、カネである。まったくカネゴンである。
テレビ東京を、さらにエゲツなくした感じといえばいいか。

bloomberg1.jpg kanegon.jpeg

調べてみると、Bloombergというのは、この企業の創始者の名前で、金融と経済情報に特化した情報を配信する情報サービス会社なんですって。
ちーとも知らなかったなぁ。その道の方には常識なんでしょうけどネ
創業者のMichael Rubens Bloomberg氏はこの人。ハンサムでかっこいいですね。



ポーランドから来たユダヤ系移民で、ソロモン・ブラザーズの共同経営者となったけれど、その後やめて、通信会社ブルームバーグを設立、ウォール街の企業へ金融情報端末を販売して巨万の富を築き上げたんだそうです。
世界でも有数の大富豪で、フォーブス誌の2010年世界長者番付では23位にランクされているとか。ニューヨーク市長も務めたことがある。


で、なんでそんな会社の放送が、NHKのワールドニュースに唐突に潜り込んでいるのかが、よく解らない。
「Bloombergを是非とも入れてください」という視聴者のニーズがあったからなのかどうか。


NHKというのはすごく不思議なのだが、民法がとうていできない検証番組や先鋭なドキュメンタリーを放送する一方で、福島原発事故のときには政府情報のデタラメを垂れ流し続けるし、世界経済の行方を、任侠道なき博打打ちジム・ロジャーズに聴いたりもするのである。
暴走するマネーの不毛を説く検証番組をいっぱい作りながら、BSニュースではマーケット情報ばっかり流して投資を煽っているのである。
まったく、わけがわからない。
でも、主義一貫していないのが、逆に健全だとも言えるのかなぁ?


ユーロは、このままいけば、たぶん崩壊するだろう。
ギリシャ危機がスペインとイタリアにも及び、危機を収束するリーダーと目されていたフランスとドイツまでもが、なにやら怪しくなってきた。
この背景にある爆弾がCDS(Credit default swap)でこれがいよいよ破裂するかもしれないのだという。
CDSは、2007年のサブプライムローン問題の時にも、危うさが指摘されていたのだが、この時は表面的に取り繕われて表には出なかったのだ。
このCDSというのは、借金した相手が返済不能に陥って貸し倒れになったときに、これを補償する保険だった。


つまりサブプライムローン問題というのは、サブプライムローンという1階と、CDSという2階をともに証券化していろんな他の商品と混ぜこぜにして売りさばいたのが問題となったのである。
しかし、1階が倒壊してそれがいろんな商品に及び、2階も倒壊するかと思われた時に、アメリカ政府が税金を投入して収束させたために、CDSの危機が生き残ってしまったのだ。


で、税金を投入されて延命したアメリカの金融機関が反省するかと思いきや、懲りずに強欲に手を出し続けているのを見て、アメリカの民衆が怒ったわけである。
しかし結局、政治というのはこういうことなのだね。
必ず腐敗して、民から絞り上げるだけになるのだ。


日本の借金1000兆円。
毎年40兆円も借金しながらどうやって返すの?
ユーロ破綻は他人事じゃない。
ネットサーフィンしていて、こういう映像を見つけたのである。
安部公房渡邊格 対談『物質・生命・精神・そしてX』1982年



今から29年前である。
冒頭、安部公房さんちのワープロが写され、これに度肝を抜かれたのだが、「ああそういえば」と思い出した。
小生がいちばん最初に使ったワープロがシャープの書院で、やっぱり緑色の文字が浮かぶモニターだった。
ディスクは、ソノシートみたいなぺらぺらで、確か紙に入っていたと思う。
あれから、すっげー進歩したのね。82年当時には想像だにしなかったSF世界に我々は生きているわけですね。


さてこの映像を見て、安部公房氏の知性を深く感じたのであった。
当時の小生は、今もバカだが、もっとバカだったことと、生活苦で追いつめられていたので(体重49キロ)、文学などに目を向ける余裕はなかった。
でもこれから純文学を読んでみよっかなーという気になった。


この対談の中で、安部公房氏は、動物行動学者コンラッド・ローレンツ氏(小鳥さんの「刷り込み=inprinting」を発見した人ね)の「なわばり」に関する理論をひいて、国家に対する絶望を語る。
安部公房氏は言う。


「なわばり」ができることによって、なわばりを支配する者が「被支配層を拘束」する。そして拘束される側が持たされることになる「忠誠心」、これらを「モラル」と言っているが、そうではないのではないか?
「なわばり」が動物行動学的に、本能に基づくものであるのなら、「忠誠心」も、もっと原初的な、遺伝子に刷り込まれた行動様式なのではないか。
「なわばり」のBand(群れ)を拡大したものが国家であり、そうである以上、民主主義に絶望するしかない。


と、まあ、小生の理解力では、そういうふうに聞こえました。(間違っているかもしれないけど)
この「忠誠心」ということに関しては、小生も前々から疑問に思っていたのだ。
それは、戦国時代劇を見た時に、なんで「親方さま~ぁ」とかいう家臣がいっぱい出て来るのだろうか、と。
なんで、自分が大将になろうとは思わないのか、と。(ま、今で言えば、起業家精神ですな)
結局、サラリーマン組織というのは、「かしずく美学」に支えられているんだ。
明智光秀だってさぁ、起業独立しようとしたけど、失敗しちゃったよね、やっぱりサラリーマンでいる方が楽だよね。
って文脈になんとなくなっているでしょう。


このことを、以前、ある女性起業家の人に話をしたら、びっくりされたのだ。
「そうか。男には『かしずく美学』ってものがあるのね。言われて初めて気がついた。女にはそういうものはないわ」
女には「忠誠心」はない、と言うのである。
それどころか、かしずくことを「美学」にしてしまう男を、その女性は鼻でせせら嗤ったのである。
僕はそれを、極めて健全だと思った。
組織に忠誠心なんかもってどうする! さすが女はエライ!
男はバカばかりだ!
ところが、最近は女も男化して、「忠誠心」を持つ女が出始めたので恐ろしい。
女たちには、頼むから「忠誠心」を持たないで欲しい。それが防波堤になるのかもしれないのだから。


で、話を安部公房氏に戻すと、もう一方で、
絶望はしているのだが、「言葉」には人を動かす力がある。
いちど「言葉」に気づかされた者は、もう元に戻ることはできない。
そこにかすかな希望がある。だからこそ、「言葉」を持った人間は、沈黙してはいけないという義務がある。
と言う。


ここで、「なるほど」と唸ったのは、安部公房氏が「音楽」ではダメだ、と言ったことである。
その理由として、ナチスはアウシュビッツで音楽をかけながら人を殺した、と言う。(この描写は確か、スピルバーグの『シンドラーのリスト』の中にありましたね。クラシックをかけながら人殺ししていくシーン)
結局、音楽もサーカスってことなんだよね。(パンとサーカスという意味での)
いやまてよ、そういう言い方は正しくないな。音楽は言葉がいらないし、深い精神性を持ったものだけど、聴く方が勝手に「サーカス」にしてしまえる、というところが問題なのかな?
だけど、「言葉」には、大衆にはウケないという欠点があるんだ。
難しいね。やっぱり、絶望しかないのかな?

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Author:imanari munekazu
このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

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