LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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福島原発の状況がさらに悪化してる。
原子炉格納容器、使用済み燃料貯蔵プールに次ぎ、高濃度の放射性物質に汚染された「たまり水」の問題が浮上してきた。これにより冷却機能の復旧作業再開の見通しが、全く立たない状況が続いてる。


なのに、テレビの番組は元に戻った。
グルメと、旅と、クイズと、お笑いと、テレビショッピングに。
つまりテレビは、事件の「重要度」ではなく、「鮮度」によって動くということを、またもや証明した格好となった。
事故はより深刻度を増しているのに、鮮度がなくなったので、報道しなくなったのだ。


非常事態が回復することは、ある意味、いいことだ。
しかし「復旧」でいいわけがない。
いまこそ価値観やライフスタイルを変えなきゃいけないっつーのに、元の「おバカ列島日本」に戻してどうすんだよ!


海外メディアでは、大震災に遭っても冷静かつクレバーな庶民と、無能・無策の日本の指導者層とが対比され、報道されているそうだ。(デーブ・スペクター氏によると)


帰宅難民が発生したとき、駅で列を作った人々は「こんな不便は、被災者に比べればなんでもないことですよ」と言っていた。
今までの「当たり前だったぜいたく」に気づき、「反省した」という人も、自分の周囲には多かった。
水が豊富なこと、食料が手に入ること、お風呂に入れること、夜間も照明の下で本が読めること、簡単に移動できること。
これを契機に、ムダ使いを減らし、もっと質素で、心豊かなライフスタイルへと、日本人は転換していかなければならない。


多くの庶民が、やっとそのような思いに共感し始めているというのに、政治、経済、マスコミは、未だに「復旧」を目指そうとする。
ああ、この、庶民と指導層との、意識のギャップ。
大震災直後でも、ニュース報道の合間に「マーケット情報」が相変わらず流され、悲劇を金儲けのネタにしようとする人間どもを煽り続ける。こんなになっても、グリード(greed)は止まらない。大震災なのに超円高。
この「マーケット」というところの住民たちは、それが仕事だから、それが当たり前だと思っているかもしれないけど、「今が底だから買いだ」とか、それでいいんだろうか?


朝まで生テレビ』を見た。
民主党の大塚耕平氏は、「これまで通りの生活でいいのか」と、遠慮がちにライフスタイル見直し論を展開していたが、自民党の片山さつき氏は、相変わらずの経済第一主義。「日本はもう超一流の国じゃないんですよ」と、ワケの解らない議論をふっかける。
「超一流」って何なんだ? 何がどうだと、その国が超一流だと定義できるんだ?
蓮舫氏ではないが「二番目じゃダメなのか?」
「経済では負けても、精神性なら超一流、ではダメなのか?」


田原総一郎氏に「なんで自民党は、菅さんの入閣要請を断わったんですか?」と聞かれて、答えられない片山さつき氏。
やっぱり、グサッと来る部分があるんでしょう。
僕も、谷垣さんのこの行動には、腹立たしい思いがした。
国民の多くが、全員野球が必要な時だと感じ、海外からも支援の申し出が相次いでいるというのに、同胞である日本の、しかも政治家が「手伝いません」だなんて。
なに、それ?
政治家やってる資格はないよ。


民主党憎しで、あら探しばっかりやっている自民党。幹部はみんな顔つきが悪くなってきたぞ。
国民が望んでいることはそんなことじゃないんだって。
自民でも、民主でも、みんなの党でもいいんだよ。党利党略なんて、国民には関係ないんだ。
しっかりしたビジョンを示し、リーダーシップを発揮して欲しいんだってば。
それなのに‥‥。
学級会やってるんじゃないんだから。
時代状況を解ってるんかな?


攻めたつもりになっている自民党さんよ。
原発推進も、大借金も、雇用の自由化も、貿易自由化も、みんなみんな自民党がやったことだってことを忘れないで欲しいね。
そのツケに、いま国民の多くが苦しみ、喘いでいるんじゃないか。
いい加減に、セルフ洗脳に気がついて貰いたい。
そして、学級会ではない、政治家の本分を、きちんと果たしてもらいたい。
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昨日は『GARI GARI CLUB』だった。
参加者4名。サビシー。
これもひとえに、人徳のなさである。キビシー。
果たして痛飲し、今日はまた通院になってしまったのだった。

さて、その『GARI GARI CLUB』で、SK氏から聞いた話。
東京電力では、今回のような事故は「あり得ない」としていたので、「あり得ない」ことの訓練は、東電、じゃなかった、当然していない、というのだ。
「なるほど!」と僕は唸った。

訓練をしていたら、「そういうことも起こりうる」ということを「認めた」ことになってしまう。だから、考えないし、想定訓練もしない。
早い話が、「思考停止」の訓練だけはしていたということなのだった。

えっ? そんなことあり?!
そりゃ筋道は通っているけどさ、ヒド過ぎないか?
もの凄い規模の人災が起こっているんだぜ。

続いて、農業、漁業、畜産業、それと周辺住民への補償は誰がするのだろうという話になった。道義的には当然、第一に東電、第二に国だろう。
ところがここでSK氏が、
「そのための金は、電力料金の値上げに転嫁されることになる」
と言明するのだ。

えっ? そんなことあり?!
筋道は全く通っていないし、ヒド過ぎないか?

すると今度はTK氏が、対企業の料金は値上げできないから、一般家庭の料金を値上げするだろう、というのである。そして、
「省電力のムードが、これを後押しすることになる」
というのである。
あり得るシナリオだし、この先の成り行きに注目したい。

それにしても、原発事故がなかなか収束へと向かわないのは、とても心配だ。
我が家のある多摩市の水道水が、金町浄水場から送られてくる水であることを本日知った。
なんとなく、奥多摩から来ているような感じがするじゃない? (無知でした)
うちは乳幼児はいないけど、今の状況では、汚染はもっとヒドくなるんでしょうね。


今の時代は、貧乏人は「安全」を買えない。
中国の金持ちは、日本の食品を食べ、日本人の(私のような)貧乏人は、中国産を食べている。
自由貿易が、そういう風にしちゃったんだ。
でも中国の金持ちは、この次何を食べるのかな? 日本の食品の安全神話はガタ落ちだ。


農家の人や、漁業関係者は、本当に可哀想だ。「補償」と言ったって、そんな金どこにあるの?


福島原発で、地震の直後に働いていた人のインタビューなどが放映され、しだいに事故後の状況が解って来た。
地震の直後、所内は真っ暗になり、放射線量も大幅に上昇したため、東電社員を除く下請けの人たちは避難するように言われたそうだ。
つまり所内で、早い段階からパニックが起きていた。


中部電力で原子力発電に関わっている人の話によると、非常用のディーゼル発電がダウンした場合は、原発はお手上げだそうだ。
テレビで、非常時の際の訓練風景というものを見たが、それは中央制御室での、非常用電源への切り替えと対応という訓練に過ぎなかった。
つまり、非常用電源がダウンし、中央制御室でのコントロールが効かないという今回のような事態までは想定していないようだ。


だからこそ、早い段階で、パニックに陥ったのではないだろうか。
問題は、その情報が、すぐに政府には伝わらなかったことだ。
なぜだろう。
発電所からは、当然、現状に関する情報が、本社に伝えられた筈だ。
今になって皆が「想定外」を強調する出来事なのだから、その「想定外」が起きてしまったことの判断を、当然、本社に仰いだ筈だ。
その経緯に関する話が、東電からは、まったく聞こえてこない。
もし、初期段階での対応が迅速に行われていたら、こんな状態にならずに済んだろうに。


中国政府は、「すぐに海水注入を行うと廃炉になってしまうので、それを避けようとしたのではないか」と言っている。
しかし私は、そういう考えすらもなかったのではないか、と見ている。
真相は「思考停止」と、大組織が抱える「情報の目詰まり」にあったのではないだろうか?
東電の記者会見を見ていると、トップをはじめ、出て来る人、出て来る人がみんな、何か「他人事」のように話しているのがすごく気になるのだ。


東京消防庁のレスキュー隊自衛隊など、覚悟をもって臨んでいる非常に訓練された人々と比べると、東電社員はあまりにも緊張感がないというか、訓練されていないというか、覚悟がない感じがしてならないのだ。


覚悟がない、といえば、自民党の対応にも、私は呆れたのだった。
今は国家の非常時だ。
それで、恥を忍んで、菅さんが自民党にヘルプを求めたのに、自民党は「きちんとした手順を踏んでいない」「大連立はできない」を理由に、その申し出を拒否したのだ。


ああ、このズレまくった感覚。
東芝クレイマー事件」では、東芝の対応に業を煮やした福岡に住むユーザーが、東京本社に直接クレームを言っちゃった。そうしたら、九州の東芝が「きちんとした手順を踏んでいない」と言って、このユーザーに罵詈雑言を浴びせ、これが録音されて問題となったのだ。一ユーザーにとって、東芝社内のヒエラルキーなんて、なんにも関係ないのに、東芝はその感覚が解らなかった。


今の自民党は、これと同じだ。
災害復興担当大臣をやってくれと言われ、「よし!」と言って、立派にやり遂げたら、国民はみな「ああ、やっぱり自民党でなくちゃダメだ」と思った筈だ。
その千載一遇のチャンスを、つまんない見栄っ張りで、ふっとばしてしまったのだ。
これでは、「きちんとした手順を踏んでいない」ことが理由なのではなく、「災害復興という責任を持ちたくない」のが理由にしか見えない。


非常時に必要なのは、義侠心だと思う。
東京消防庁のレスキュー隊自衛隊には、義侠心があった。
阪神淡路大震災のときは、山口組も活躍して男を上げたのに‥‥。
世界中が協力を惜しまないと言っているのに‥‥。
同朋の自民党は拒否。これが日本の政治か?!
ああ、情けない。
テレビ番組の日常化が始まっている。
性懲りもなく、また、お笑いタレントのバラエティ番組が延々と繰り出される状態に戻った。
福島原発は、今なお予断を許さない状況だというのに。
民放は、広告収入で生計を立てているから、いつまでも「ACジャパン」の広告を流し続けるわけにはいかない、という事情があるのだろう。


ところで、今回の原発事故の報道を見て、僕は民放をそれなりに評価した。
特にフジテレビはよかった。一般の人には解りにくい原発のメカニズムを、模式図を使って、解りやすく、丁寧に説明していた。この部分では、NHKに勝っていたと思う。
NHKは番組中に広告が入らないし、取材網も放送網も全国をカバーしているから、今まで「報道のNHK」と思われていたのだが、今回はそれほどでもなかった。
NHKは、総務省が所管する特殊法人だから、今回の事故では、切り込めない部分があったのだろうと思う。


それにしても、東京電力の対応はお粗末過ぎるし、政府も、いちばん大事な「初動」に失敗した。
原発事故対応の三原則は「止める」「冷やす」「閉じ込める」だそうだが、
東電と政府の対応は、初動において、


(思考を)止める
(世論を)冷やす
(情報を)閉じ込める


をやってしまった。
今後落ち着きを取り戻していけば、様々な検証番組が創られて行くだろうが、菅内閣は、これで終わりではないだろうか?


いろいろな面で「日本の弱さ」が露呈してしまった。
不謹慎に思われるかも知れないが、自衛隊のヘリコプター作戦や、放水作戦の二転三転を見て、僕は、ゴジラ映画を思い出した。
テレビを見ながら、頭の中で、伊福部昭のBGMが鳴っていた。
ゴジラ映画では、最初は、自衛隊がゴジラに対抗しようと、あれこれ手段を繰り出すのだが、うまくいかない。
ここには、やっぱり「想定した危機管理」というものはなく、右往左往して、その場凌ぎを次々とやっていくだけなのである。
(もっとも、初動がうまく行って、自衛隊がすぐに解決してしまったら、映画にならないのだが‥‥)
そして最後は、ゴジラに対抗する怪獣が表れて戦ってくれたり、天の計らいで収束に向かうというストーリーである。


今回の場合は、それが誰なのか? 白馬の騎士は米軍ということになるのだろうか?
テレビで、福井(13基の原発を抱えている)に住む、あるオジさんが言っていた。
「今回の事故を教訓としなければならない」
まったく、そうだと思う。
福島原発がヒドいことになっている。これで日本の原発政策は、国民から拒否されることになるだろう。また、そうしなければいけない。


菅総理が、東京電力に対し「爆発事故の映像がテレビで流れているのに、官邸にその情報が来たのは1時間も後だった」と言って、批判したということだ。
しかしこれは解せないのである。東電からの情報が、1時間遅れだったとしても、12日の爆発事故が起こったのは14時過ぎ。しかしその6時間後の18時の枝野さんの会見では、国民は何も知らされなかったのである。


東電が、事故情報を隠蔽しようとしたことは、間違いあるまい。
東電側の記者会見では、「法律の第○条により」ということを何度も言っていたから、もしかして、「ここまでは、法律では義務づけられていない範囲だから、通告しないで良い」という判断基準を模索していたのかもしれない。
しかし、東電から事故情報があって、その後なぜ、政府からの発表が遅れたのかは、解らない。
おそらく、政府側にも、穏便に済ませたい、という思惑があったのではないだろうか?


しかしそれにしてもお粗末なのは、東電の対応である。
これまでの事故の推移を見ると、冷却系のダウンが、深刻な問題を連鎖的に引き起こして行っている。
だとするならば、予備電源が失われた時点で、こうした事態が起こる事を即座に予測し、そのための対策に直ちに走らなければならなかった。
しかし、東電には、その想像力が全く欠如していたと思わざるを得ない。


アメリカが、日本よりも早く原発事故の推移に着目したのは、オバマ政権が原発推進政策を打ち出している事もあったろうが、スリーマイル島の事故や、原子力船の運行での経験により、これからどうなるかの予測が出来たからなのではないだろうか?


初期対応がきちんとしていさえすれば、こんなヒドい状態にまで行かずにすんだものを、
危機に対する「想像力の欠如」と「隠蔽体質」が、
このような、最悪の事態に発展させてしまったのである。
加えて、所長判断によって、初期段階で現場の人間の多くを避難させてしまったため、対策に当たる人間の人数が(一説によると)50~70人くらいしか居なくなってしまった。
これを、仮に3交代で回したとしたら、どうなるか?
たった、17~24人である。


こうして、1号機にかかりっきりになっている間に3号機が、3号機がおかしいと思ったら、今度は2号機が、そうしたら4号機も、という形で、とても手が回らなくなってしまった間に、近づけないほど放射線量が上昇してしまったのだと想像する。


菅総理は「東電に危機意識がなさ過ぎる」と言って怒ったということだが、さもありなん。


僕は、東電の最初の記者会見を見て、すぐに「こりゃ、ダメだ」と思った。
決して個人攻撃をするつもりはないのだが、
最初の記者会見に出て来た広報担当だという人の襟首を見ると、シャツのボタンが外してあり、ネクタイをダラーっと緩めたまま、会見に臨んでいたのである。
もうとにかく、ユルユルなのである。
そこには、大企業のサラリーマーン、という匂いがプンプンしていた。
そして、その後から出て来た人も(これを言っては気の毒だが)サエない人ばかりだった。


だがその責は、彼らにあるわけではない。
そのようにした経営者の責任である。


こんな重大事故の記者会見なのであるから、副社長ポストの人が行うべきであった。(通常、副社長は対外広報の最高責任者)
そうすれば、社内も緊張したであろうし、それなりの対策も進行したのではあるまいか。


しかし、戦争でもそうだが、エラい人は現場から遠くに居て、チェスをやるだけなのである。
いつも、犠牲になるのは、兵隊さんなのである。
スーパーへ行って驚いた。ここは、旧東欧圏かと思った。
棚に商品がない!
傍に居た店員さんに「入荷がないの?」と聞いたら「そうだ」と言う。
でも何か変? ざわざわしている。
レジまで進んでから、やっと気がついた。
「そうか、食料品を買い占めている人が居るんだ」
と。

そういう発想が、自分には全くなかった。
なぜって、ここは被災地でもないし、道路はちゃんとしているんだから。

(世の中には目ざとい人が居るもんだなぁ?)と思って、その日テレビを見ていたら、
都内の某スーパーが映されていて、あるオバちゃんが、
「米、米、買っとかなきゃダメよ!」
と叫んでいる姿があった。

被災地では、一個のおにぎりを4人で分けて食べているというのに、
(お前らはシェアしようという気がないのか!)と思った。

そう思って田舎に電話したら、姉が
「宅急便動いているから、何か送ろうか?」
と言うので、
「必要ない」
と断わった。
今は、店頭在庫が、家庭在庫に移っただけなので、これから先は、逆に店頭で商品がダブついてくる。
だから、しばらく我慢すればいいだけのこと。

「買い占めしている人って、いったいどういう神経しているのかな?」
と言ったら、姉が、
「略奪がないだけ、日本はまだマシ」
だって。
言えてる。
実際、海外では、そこが評価されているそうだ。
サンデーモーニングで岸井成格さんがこんなことを言っていた。
「過去の震災の例をみても、政治が停滞した時に、必ず大惨事が起こっている」
(その両者に直接的な関係はないけれども)と岸井さんは断わってはいたが、同じような思いを抱いた人は多いのではないだろうか?


日本の政治のていたらく‥‥いや、政治ばかりが悪いのではない。日本人全体の劣化というか、それへの鉄槌が下されたように思う。
このようなことを言うと、誤解を受け、不謹慎の誹りを免れないかもしれないが、やはり神のお怒りが働いたのだと、自分は思う。
もちろんそれは、亡くなった方や、被災者となった方々が悪いと言っているのではない。むしろ逆で、この方たちは、キリストと同じく犠牲となって仕舞われたのだ。


僕は、自分のブログの中で、何度も「価値観」の転換を訴えて来た。
これまでの延長ではダメなのだ。考え方そのものを転換しなければ。


経済が発展すれば、幸福になるという考え。
自由貿易を推進すれば、経済が発展するという考え。
経済発展のためには、増大するエネルギー需要を満たさなければならないという考え。
増大するエネルギー需要を満たすためには、原子力発電が欠かせないという考え。
企業は、前年よりも成長していなければならないという考え。
株価が上がる事は、よいことだという考え。(損する人から奪って儲けること)
経済状態の指標を、株価で判断すること(株価は投資家にとっての指標であって、生活者には関係ない)
アメリカの言うことを聞いていれば、平和が保たれるという考え。
テロとの戦いが、平和のためには必要であるという考え。
社会福祉コストも、増大する一方だという考え。
増大する社会福祉コストを賄うために、借金をし続けてもいいという考え。
医療を高度化すれば、病気が無くなるという考え。
マグロでも、蟹でも、エビでも、喰い尽くそうという考え。
食べ物(命)を、工業化してしまおうという考え。



これらは、日本の政治の、与党も野党も共通した考えなのだ。
そして国民も、このような思想に洗脳されている。
民主党になって、もしかしたら変わるかもしれないと期待をしたが、所詮は同じ土俵にいるのだ。
だから、政治が、つまらない挙げ足取りに終止しているのだ。


本当は、グランド・デザインが必要なのに。
マスコミもまた、挙げ足取りの報道しかしないために、政治家が本当にしなければならないことに、免罪符を与えてしまっている。
そのことのデメリットは計り知れない。「マスコミさんよ、気づけよ!」と言いたい。
いつまでも挙げ足取りの報道なんかに、うつつを抜かしている場合じゃない。
グランド・デザインを語らせるのが、ジャーナリズムの役割ではないか。
それでやらせてダメだったら、選挙で落とせばいいことだ。


なぜ、このような大惨事が、よりによって日本に。


と考えた。


2012年の○○に向かって、昨年から、世界中で異常気象や大災害が起こっている。
その決定打のようにして、世界をも震撼する大災害と、ヒロシマ、ナガサキに続く、3度目の被爆災害が起こる恐怖に、今さらされている。
いったい、なぜなんだ。


日本は、神国である。
そして多くの予言が、日本から、世界を救う光がもたらされると言っている。


ヨハネの黙示録』には、悪魔が災いをもたらすとは書かれていない。
天使が災いをもたらすと書かれている。
日本は今まさに、試されているのだと思う。


計画停電も「被災者の方の不自由を考えたら、なんてことはない」という意見が大勢だ。
自分も同じである。


世界中が注目している。日本の行方を。
日本がこの艱難辛苦を乗り越え、そして、物質的には質素でも、万物に感謝しながら生きる幸福へ、価値観を転換したとき、それは世界に示すモデルとなるであろう。
今それが問われている。


ああ神様。
大難を小難に、小難を無難に変え、どうぞ日本国と、人々をお守り下さいますように。
私の家でも、机が倒れたり、物が壊れたりといった多少の被害はあったが、東北地方で被災され家を失ったり、生活の糧である船を流されたり、田畑を失ったり、なによりも家族を失った人のことを考えると、自分の無事を単純には喜べない。

今日は『新潟しゅわる映画祭』に招かれていたのだが、新幹線は動いているものの、この状況で動くのはマズいと判断して新潟行きを断念した。残念。

今現在は13日の午前11時である。
非常に心配なのは、福島原発の事故の行方だ。国内初の炉心溶融(meltdown)が起き、3号機も同様の状態に陥っているらしいというのだ。

この「原発はどうなるのか?」という点に、アメリカのメディアと政府はいち早く反応した。

私は、この震災を世界がどう見ているかという点が気になり、ワールド・ニュースを観たかったのだが、NHKのBS放送は、国内の震災報道一色になってしまい、見ることができなかった。
ところでNHKは、地上波とBS合わせて5チャンネルも持っているのに、全部同じ報道にする必要はあるのだろうか? 地上波1チャンネル、BS1チャンネルでいいのではないだろうか? その他のチャンネルは、別の観点からのアプローチをした方がいいと思うのだが‥‥。

しかたがないので、インターネットで、アメリカのabcと、イギリスのBBCを観てみた。
先ず「あれ?」と思ったのは、マグニチュードの数字である。日本では「8.8」と発表していたのに、abcもBBCも「8.9」と報道しているのである。(日本ではその後また訂正があり9.0に)
これは第一報を流した記者が間違えたものが、そのまま流布したようである。そしてそれが、いつまでも訂正されないまま、海外ではこの数字で定着してしまったようだ。

報道というものの怖さを、なんとなく感じた。英語は、確かに世界言語になったが、いったん英語になると、元にあたって確かめるということがないまま、結局、誤報が、子引き、孫引きされていくわけである。それを如実に見た。

次に感じたのは、アメリカの、今回の震災に関する注目点であった。ハワイ州への津波の心配は当然としても、アメリカが次に注視していたのは「原発は大丈夫か?」だったのである。これは議会である議員が質問し、オバマ大統領が答えていたほどなのである。
http://abcnews.go.com/Politics/video/jake-tapper-obama-japan-nuclear-plant-earth-quake-tsunami-problem-13115751?tab=9482931§ion=2808950&playlist=2808979
ところが、この時点で、日本の政府発表やメディアの報道は、原発に関するものが非常に少なかったのである。
本来ならば、日本の首相が先ず言うべきことを、アメリカの大統領の方が先にコメントしている。

なんじゃ、これは?!

この時点で私は「あやしー」と思ったのである。
そして昨日の夜、BBCを見ると、なんと国内のメディアでは露出していない、福島原発1号機の爆発の映像が流れているではないか!
http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-pacific-12721498

『福島第一原子力発電所1号機付近での白煙発生について』という発表が東電からあったのは12日の14時過ぎ。
http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/press_f1/2010/htmldata/bi1321-j.pdf
マスコミは、この中途半端な発表に、やっぱり中途半端な報道しか出来なかった。しかし、BBCでは爆発の映像を流していたのだから、日本国内では、なんらかの情報統制が行われていたとみて間違いあるまい。

そして、その後の政府発表のモタモタ。NHKでは、「18時の記者会見で、福島原発1号機の事故についての説明もあると思います」と言っていたが、いざ会見が始まってみると、枝野官房長官も原子力安全保安院の人も、何を言ってるんだか、私にはさっぱり判らなかった。
言ったことは、「予断を持った発言はしない」「情報収集に努めている」「しっかり分析する」「万全を尽くす」だけ。結局、何も言っていない。

だいたい政治家が「しっかり」「きっちり」「断固として」などの形容詞を使った時は、しっかりもしてないし、きっちりもしてないし、断固とした決意もしていない時なのだ。
そして、菅さんは、こいう形容詞が実に多い。

また枝野さんはこうも言った。「チェーンメール等で、誤った情報が流れているのを掴んでいるが、そういう情報に惑わされる事なく、情報を精査するスキルをちゃんともった、マスコミ報道を見て欲しい」(正確ではないだろうが概ねそんな感じ)

しかしこの間、メルトダウンの危機が、どんどん進行していたわけである。そして今もなお。

人間は、「こりゃマズい」と思うことは先ず隠す、という性癖がある。
隠した中でコトが収められれば、外にいる人間から見たら、何もなかったことと同じになる。
浮気にしろ、企業の不祥事にしろ、みんなこれだ。

菅内閣では、前例がある。
例の中国漁船の衝突事件。これも同じパターンだった。
で、バレてから、観念して、小出しにしていくのである。
浮気がバレた時と同じである。

しかし、原発事故をそれと同じにしてどうする!!
いや、政府にしてみれば、逆に原発だからこそ、もっと隠しておかなければならない、と考えた筈だ。
これも前例がある。佐藤内閣の時の、米軍の核の持ち込み問題である。
佐藤栄作は「米軍が持ち込んでないって言ってるんだから、ないんだ」って、ヘンな理屈をこねていたが、結局、最近になって、密約があったことがバレたのである。(でも今もって、政府はそれに対してちゃんとしたコメントをしていない)

原発事故はあってはならない。
だから出来るだけ、国民には隠したい。
なぜなら、原子力エネルギー行政そのものの是非が問われてしまうからだ。

ブログに書くタイミングを逸してしまったのだが、「京大入試カンニング事件」報道も、自分は怪しいと睨んでいる。あんなに執拗に報道するべきことだろうか?
一般の受験生に「許されないことです」というコメントを語らせてまで、規制へ向けての世論形成を図っているように、私には見える。

私は、ここには、マスコミとインターネットメディアとの攻防があると思っている。
インターネットメディアは、統御ができないのだ。
直前に「ジャスミン革命」が起こり、政府もマスコミも、インターネットメディアのパワーを見せつけられたと思う。これに脅威を感じた筈だ。

政府とマスコミの脅威の質は違うのだが(政府は転覆させられるかもしれない、マスコミは市場を奪われる)、両者は「記者クラブ制度」という馴れ合いの構造にあり、共闘できる関係なのだ。
しかも放送は、免許事業である。国の許可を得なければ事業が行えない。首根っこを押さえられた関係なのだ。
今度の、枝野官房長官の発言も、そうした主旨に沿ったものだったと、私は感じている。

プロフィール

imanari munekazu

Author:imanari munekazu
このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

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