LOTUS STUDIO BLOG
これから何が起こるか。我々は何をすればよいのか。
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ついに「無血革命」が成就した。革命政府のこれからの手腕に期待したいところだが、ニュースで流れてくる政権の構想や新たな仕組みづくり、閣僚人事などを見ていると、民主党の本気度が伝わってくる。恐らく、この革新をだれもイメージできなかったのではないだろうか?

自分は、別に民主党びいきというわけではないのだが、これまでテレビの討論番組などを見て来た感想では、民主党の議員は、諸問題に対する因果関係の追及も鋭いし、説明も丁寧だった。一方の自民党議員は、先ず自分たちが通したい「政策ありき」の姿勢を変えず、「なぜそうであらねばならないか」ということに関しては、一面からしか説明していなかった。だから、常に何かを隠している感じがつきまとっていた、と思う。

民主党が「政権交代」を掲げて先ずやりたかったことが、「脱官僚政治」であったことが、しだいに形となって顕れてきている。またそれは、多くの国民の願いでもあったことだろう。しかし自民党には、まったくそのことが解っていなかったと見える。選挙戦では「財源問題」とか「社会主義にしていいのか」ということに攻撃の的を絞ったわけだが、国民目線からは丸っきりズレていたと思う。

要するに、民主党はパラダイムそのものを変革しようとしたのに対し、自民党は旧来のパラダイムの枠内で相手を批判していただけなのであった。どうやら自民党は、その「決定的な古さ」に、まだ気が付いていないようだ。

自民党の選挙用の宣伝は、D通が担当したらしい。だとしたら「ヘタクソだなぁ」と思うが、他にやりようがなかったのかも知れない。それにしても「実績」だとか「政権担当能力」などと言ってしまった今となっては、これからどうするのだろうか? 野党経験は細川政権時代の9ヶ月しかないわけだし、「野党実績」は殆どない。ましてや「野党担当能力」が、今の自民党議員にあるとは思えないが。(とまあ、皮肉をチクリ言っておこうネ)

野党になってしまった自民党の心配をしてもあまり益はないが、もともと自民党も、何かのコアがあって集まった集団ではないのである。あるのは「政権与党」ということくらいいであって、民主党と同じようにやはり烏合の衆だった。ただ野党の場合は、「政権交代」という共通目標があるので、右から左まで居たとしてもまだ纏まりやすかったといえる。

しかし自民党にはそれがないのだから、今後分裂する可能性もあると思う。そもそも自民党は、選挙前に自らのこれまでの政策を、まったく総括してこなかった。麻生元首相自ら「郵政民営化」には賛成ではなかった、というようなことを言う始末だし、何よりも国民生活の困窮に関しては、不感症とも思えるほどだった。

日本は世界第二位の経済大国と言われながら、年金、医療、雇用保険、少子化対策、教育など、民生や社会保障に関わる分野は、OECD(経済協力開発機構)中、なんとほとんどの分野で最下位に属するのである。また、国の借金の伸び率も堂々の第一位なのである。なぜこんなことになってしまったのであろうか?

実は自民党は、細川政権誕生のときに既にその存在理由が終わっていて、あとは延命策をとっていただけだという説がある。自分も、その見方は当たっていると思う。同時期、世界ではいわゆる冷戦構造が終結したにも関わらず、自民党政権はその総括をせず、認識の甘さから、単に「日米安保」に基づく協調政策を延命させてきただけだった。「アメリカさんにくっついて行く」しか、具体的な政治ビジョンは無かったのだ。

これが、経済においてはアメリカの『年次改革要望書』に従属する規制緩和と市場開放を生み、ひいては国民生活をどん底に突き落とし、政治においてはイラクとアフガニスタンへの加担という結果をもたらした。しかし今、前者は「サブプライムローン問題」、後者は「イラク戦争の失敗」という形で、当のアメリカでも総括されようとしている。

80年代、テレビでアメリカのニュースを見るたびに、自分は不思議な感じがしたものだ。世界一のお金持ちの国なのに、失業率が高くて、労働者のデモがしょっちゅう行われていた。日本車の攻勢で売れなくなった米国車の工場の人たちが、日本車をハンマーでぶち壊すデモンストレーションをしていた。街はどこも落書きだらけで、ホームレスの人たちがたくさんいる。貧乏人は医療も受けることができない。人種差別も根強くあった。

物価は日本よりははるかに安いみたいだが、これが本当にアメリカンドリームなのだろうか。『名犬ラッシー』や『ルーシーショー』や『奥様は魔女』で見た生活は、一体どこへ行ったのだろうか、と。
今やそれがアメリカに行かなくたって大丈夫。日本で見られるのである。90年代以降の政治によって、日本は見事に「アメリカ化」したのである。

『トイザらス』が上陸したとき、そのオープンセレモニーにわざわざパパブッシュが来日した。当時のアメリカは、「日本の消費者は高い品を買わされていて、利益を得ていない」と宣伝した。確かにそういう面はあったと思う。だから日本の消費者は、その当時、外資の上陸を歓迎した。しかし市場を開放し、日本の物価もアメリカ並に下がって、果たしてそれでどうなったであろうか? 玉突き型の大不況に陥っているではないか? アメリカがクシャミをして日本が風邪をひいているではないか?

消費者は同時に労働者なのである。労働が保証されなければ消費もないのだ。労働を切って利益を上げるという目先だけしか見ない政策を推進してきたのが、自民党政権であり経団連なのである。「ハンバーガーを安くすることで消費者に利益がもたらされた」のではない。今や、「収入がなくて、安いハンバーガーしか食べられない」というのが本音だ。アメリカはそのように仕向けているのだ。なぜ? ごく一部の人たちが、それによって利益を得るために。
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自分が有識者という人々を信用しないのは、半分以上学歴コンプレックスの裏返しであります。大学へ行っていない、知識がない、本も読まない。ずっと感覚優先でやってきたわけでございます。

さて、「難しいこと」と「易しいこと」。「難しく言う」と「易しく言う」。これで四象限をつくりますとこうなります。

(1)易しいことを、易しく言う。
(2)難しいことを、易しく言う。
(3)難しいことを、難しく言う。
(4)易しいことを、難しく言う。

(1)は、まあ誰でもできますわね。
(3)は、学者さんや研究者であります。
(4)は、一般的な「有識者」、ニセモノと言ってもいい人たちであります。世にたくさんおられます。
(2)が、本当の「有識者」だと、私は思うのですが‥‥。

しかしこれが全部信用できるかというと、そうでもない。この中でも、更にホンモノを見分けるのは難しい。なぜなら、難しいことを、易しく言っている<フリをして騙す>という、高等技術を使う人々がいるからであります。

それに殆どの有識者は、自分のスタンスを決めた上で、社会の事象をその色眼鏡で見ているだけなのであります。複雑に絡み合った事象、ポイントが見つけにくい事象を、易しく紐解くという努力をしている人はごくごく稀で、色眼鏡で単純化しているだけなのであります。二項対立の単純図式に当て嵌めることで、さも解りやすくなったように錯覚させているだけなのであります。この手口はマスコミも同じであります。

ブレない、信念がある、と言えば聞こえがいいでしょうが、要は、異論に対し「聞く耳を持たない」わけであります。料簡(りょうけん)が狭いわけであります。だからこそ、討論番組で、相手の発言を途中で遮って、己の主張ばかりを声高に言えるわけでありまして、普通の神経では、こんなZooZooしい(動物園的というシャレでございます)ことはできないわけであります。

今度の選挙結果を受けて「保守」を自認する層からは、選挙民の付和雷同をなじる声が早くも上っているわけでありますが、これは「有識者」を自認する方々の、傲慢ではないでしょうか。実に、選挙民にとっては、付和雷同こそが唯一の政治参加権利なのであります。

付和雷同があるからこそ、政権交代も起こりうるわけでありまして、付和雷同がなければ、民主主義も選挙も形骸化してしまうわけであります。自分たちに都合のいい結果のときは民主主義を言い、都合が悪い結果のときは選挙民をバカ呼ばわりするというのは、はなはだ卑怯ではないでしょうか?

自民惨敗で、「保守」層、とりわけ親米・共和党支持層がショックを受けているというのは解るのですが、あまりにも大人気ないといいますか、みなメンタリティが麻生さんのブチ切れ会見と大同小異なのであります。私は現在、産経新聞を取っておるのですが、選挙前から民主党バッシングの傾向が強く、自民党惨敗が確定してからは、「何が何でも民主党を潰してやるぞ」という、その偏向ぶりは目に余るのであります。

9月1日の産経新聞では、親米の外交評論家岡本行夫氏が、ニューヨーク・タイムズ(電子版)が掲載した鳩山さんの論文について、この論文が「世界を驚かせた。」とか、「安全保障の部分も過激だ。繰り返しアメリカを批判する一方で日本自身が拠って立ってきた基盤を否定したこの論文は、波紋を広げている。」などと騒ぎ立てておったのですが、これがアメリカ在住でJMM寄稿家の冷泉彰彦氏の話ですと、そんな様子はないよというのであります。

以下、冷泉彰彦氏の言。
<確かに「懸念」の記事は出ています。ですが、どれも「自民党親米派」というチャネルを失うのが怖い「親日派」が不安感を背景に「日本の民意は改革に背を向けている」などと愚痴を書いているだけで、今日ただいまの日本の政治状況を踏まえての精緻な記事にはなってはいません。それよりも何よりも、日本の政変に関してのアメリカでの報道は本当に少ないのです。>(JMM『from 911/USAレポート』第425回

と、「波紋を広げている。」どころか、ジャパン・パッシング状態だ、と報告されているのであります。
いったい何を信じればよいのでしょうか。岡本行夫氏発言の記事を読んだ時、小生はすぐに(おかしいナ)と思ったのであります。なぜなら、<ニューヨーク・タイムズ(電子版)>とあったからであります。本紙ではない「電子版」で、そんな「世界を驚かせた。」なんてことがあるのだろうか、と。

だから、有識者というのは信用できないのであります。自分の主義主張を展開するために、メディアと結託し、大衆をある世論形成のために誘導しようとしているのであります。朝日の詐欲的傾向(己の信念のためには捏造も辞さない体質)、毎日、読売の左派傾向に嫌気がさしてこれらの新聞を試してはやめたのでありますが、産経ももうやめようかな、と思っておる次第です。こうなったら『東京新聞』か? それとも『赤旗』か?

4チャンネルを見ておりましたら、竹中平蔵氏がビデオのコメンテーターとして久々に登場しておりまして、例の調子で数字をあげつらい、民主党の政策を批判しておりました。この竹中平蔵氏こそ、難しいことを、易しく言っている<フリをして騙す>という有識者の典型であります。しかしこの方、いささかもめげない。えらい! アメリカでは、グリーンスパン氏さえも議会に呼ばれて懺悔させられたというのに。全然ブレない。全く信念の人であります。

竹中さんは、小泉政権時代には<規制緩和をすれば企業はサービス・雇用をどんどん創出し、雇用が流動化しても労働力を吸収していく>というバラ色の未来を語っておったのでございます。ところが2008年末に派遣切りが問題視されるようになると、<この問題の本質は、正規社員の権利が守られ過ぎ、その権利を手放さないものだから、非正規社員が正規社員に搾取されるようになったという構造的問題だ>というへ理屈を主張するようになり、さらにこうも言うようになったのでございます。

<雇用というのは本来『派生需要』である。企業は雇用するために存在しているのではなく、物を作って売って、利益を得るために存在している。それに必要とされる者を雇用しているのであるから、経済全体が、すなわちマクロ経済がうまくいくような運用をするというのが、『雇用』の本質である>(2009年1月10日『ウェークアップ!ぷらす』日テレ系)と、「雇用仕入れ論」を展開なさったのであります。「者」は「物」と同質であると言われたのであります。

まさにブレない、信念の人であります。己の主義主張のためには、社会の事象をねじまげて解釈するという、「ニセモノ」有識者の典型なのであります。私がこの人を全く信用できないのは、言っちゃっていいのかな? 日本国の住民税を故意に払っていなかったという疑惑があるからであります。

これは平沼赳夫氏の著作で知ったのでありますが、日本国の住民税が1月1日の居住地の場所で決まるという制度を利用して、竹中氏は慶大助教授になってからの、93~96年の4年間、「1月1日」は判で押したように米国に住民票を移し、「節税」をしていたというのであります。極めてセコイのであります。

そんな人物が日本国の、しかも経済財政政策担当大臣、金融担当大臣、内閣府特命担当大臣(金融担当)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、総務大臣をやっていたのでありますから、これこそ首相の任命責任が問われてしかるべきではないでしょうか? 日本国の税金逃れをしていた(つまり財政負担をしようとしない)人物が、なぜ日本国の、しかも【経済財政政策】担当大臣になれるのでしょうか。悪いジョークとしか思えません。

私はなにも竹中平蔵氏個人を貶めようと思ってこんなことを書いているのではないのでございます。小泉=竹中改革が、あまりにも社会への悪影響大だったからこそ、その誤謬の背後に隠れた構造的問題を分析し、炙り出し、「もう騙されないようにしようね」と言いたいわけであります。強欲財界と、親米政治家と、利権官僚と、エゴ知識人と、無定見マスコミには、「自浄」を期待しても、どうも無理っぽいからであります。

民主党政権誕生で、これら20世紀型勢力はよって立つ基盤が失われるのではないかと怖れ、現在様々なディスインフォメーション作戦を展開しております。民主党の掲げる温室効果ガス25%削減目標に対しても、そんなものは不可能とか、一世帯の負担が最大で650万円になるぞとか、経済成長を下押ししかねない、などと様々な脅し文句を並べております。(「最大で650万円」という試算の提示の仕方が、そもそも極めて誘導的であります)

しかしマスキー法のときも<不可能だ>と言われておりましたし、第一、こういうことを言う人たちは、自分たちが「ゆでガエル」状態にある(カエルの入った水槽を徐々に温めていくと、カエルは熱さに気が付かずにそのまま茹で上がってしまう。という、ま、自分が実験したわけではないので、本当かどうかは知りませんが)ということを考えないのでしょうか? 経済が成長しても、人類が死滅しては仕方ないではありませぬか。

<民主党の公約が実現されたら、財政破綻だ>という論調も、まったくもっておかしい。筋が通りませぬ。すでに財政は破綻しており、そうしてきたのが自公政権だということを忘れてはなりませぬ。失業率過去最高も、格差拡大も、出生率減少も、医療破綻も、教育破綻も、農業崩壊も、介護・年金問題も、みんなみんな自公政権において噴出した問題であります。自公は、今回の選挙でその総括をせぬまま選挙戦に突入し、民主党の揚げ足取りばかりしていて惨敗したのでございます。

しかし民主党は、これからなのであります。今回の民主党政権誕生は、その流れをいったん断ち切るための、必然だったのでありましょう。私ごときがこのブログでワーワー言ったところで影響力は皆無だったでしょうが、この政権交代を機に、これまでの「構造的問題」がどんどん表に出てくるようになるでありましょう。

あと20年は混乱が続くでしょうが、それでも徐々に世の中は修正される方向へと転換していくでありましょう。そうして、20世紀型のエゴ優先社会は、今世紀半ばには終わりを告げるでありましょう。

マスコミは先が見えないものですから、悲観論ばかり展開しておりますが、私の見方はいつも逆であります。いいことばかりのときは「悪い時」。悪いことがいっぱい出てきているときは「いい時」なのであります。だから楽観しております。
自民党惨敗で選挙戦が終わった。蓋を開けてみれば、民主党の獲得議席数は事前のマスコミ予想とほぼ同じ308議席。有権者の鬱積した怒りが、マグマのように噴出した選挙戦であった。これは無血革命だったと言ってもいいのではないだろうか?

民主党のどなたかの勝利宣言で、「自民党は、最後まで国民の痛みが解らなかった」と語っておられた人がいたのだが、自分も全くその通りだと思う。だいたい議員になるような人は、お金持ちだからね。マクロの失業率がどうこう言ったところで、「ふーん」と思うだけで、「痛いなー」とはたぶん感じないだろうと思う。

この庶民感覚とのズレぶりを如実に示していたのが、自民党の選挙戦術であった。今回のシナリオはいったい誰が描いたのだろうか? とても興味がある。中身は別として、戦術だけをとってみてもあまりにもヒド過ぎた。2005年9月の郵政選挙のときのプランナーは世耕弘成氏で、世耕氏はこの時、勝利後に「セオリーどおり」との言葉を発したのだが、だとすれば今回は世耕氏ではあるまい。お粗末過ぎるから。

呆れるほどのズレは、「民主党政権になったら『社会主義』になるぞ」という脅しを、戦略の主柱に立てたことである。バカバカしいにも程がある。民主党には確かに旧社会党員が含まれているが、幹部は自民党の旧田中派だし、前原誠司氏という自民党よりもずっと右といわれる人だっている。別に『社会主義』体制を狙っているわけでないことは明らかだ。にも関わらず、こんな古びた争点を持ち出して違いを強調したら、自民党の手詰まり感が一層印象付けられるだけである。

ネットのアニメCMや麻生さんの絶叫テレビCMなどは、見苦しいの一言。加えて街頭演説での、麻生さんや公明党太田さんが発するネガティブキャンペーンは、決定的にマズかった。相手をけなせば自分が浮上すると思うのは、最低の浅墓さ。果たしてそんな人物をリーダーとして尊敬できるものだろうか。あなたはできますか? 有権者の多くは、その醜い姿に、さらに反感を募らせたに違いない。

結局、そういう運命だったのだ。麻生さんは、小泉さんが言った「自民党をぶっこわす」の総仕上げをするべく必然的に登場した人物であり、その意味では立派に役目を果たしたのだと言える。これ以上ない惨敗によって。

さて7月末の失業率が、前月比0.3ポイントのプラスとなり過去最悪の5.7%を記録した。また有効求人倍率も0.42とこれまた過去最悪となった。完全失業者の数は359万人に上る。が、この他に“隠れ失業者”といわれる「雇用調整助成金」の申請者数が238万人もいることを忘れてはならない。

選挙戦で麻生さんは、4~6月期の実質経済成長率が前期比+0.9%であったことを受けて「景気対策」の成果を盛んに強調していたのだが、景気対策後、雇用状況は更に悪化しているのである。本ブログ8月3日の『これでも麻生自民に未来を託すか?』において、<「企業景気」と「庶民景気」とは、明確に区別しなければならない>と書いたのだが、それが現実に、このように表れている。

麻生自民は、「先ず(企業の)景気対策」だという。景気が上れば雇用が増える、ともっともらしいことを説明するのだが、それは高度経済成長時代のことで、今のグローバル経済のもとでは、そんなことはあり得ない。なぜなら、海を越えて、つまり輸送コストを掛けてもなお価格競争に勝てるということは、コストが不当に低く抑えられているからに他ならない。早い話が人件費の抑制である。

今の「企業景気」は、「人件費の抑制」によって無理やりひねり出されているものだ。だから、仮に雇用が増えたとしても「調整弁としての非正規雇用者」が多少増えるだけなのである。今の企業に、長期的戦略が描ける余裕など殆どない。だから、短期的な注射(=景気対策)を打っても、その場しのぎの「成長」に吸収されてしまって、雇用改善には回らないのである。

この短期的な注射を打ち続けて、みかけだけの「成長」を作っていたのが、小渕内閣以降の自民党政治なのである。だから、あれよあれよという間に、先進国中ダントツの借金財政国家が作られてしまったのだ。(余談であるが、政府関係が握っているデータの取得は非常にやっかいだ。このブログで掲載したグラフ一つ作るにも、何日も調べて調べて整理してやっと作っている。どうも都合の悪いデータは、なるべく見えにくくしているとしか思えない)

対する民主党は、岡田さんも藤井裕久さんも、雇用の安定化と内需拡大を語っていた。このメカニズムの説明は、自分の考えとも一致している。ところがテレビを観ていると、突っ込みを入れるアナウンサーというかキャスターというか、こういう人たちがすでに「洗脳」されていて、二人の話を全く理解していないのである。

さすがに、「企業景気が上っても雇用は増えない」ということは、(メカニズムは解らなくとも)現象としては解ってきたようだが、今もって、GDPを支えているのは大企業であり(何しろコマーシャルで多く目にするので)輸出産業であるという思い込みや、「保護貿易主義」はいけない、といった新自由主義者が撒き散らした「洗脳」教育からは抜け出てはいない。

私は、作家の村上龍さんという人を、現代社会の分析に掛けては超一流と評価し尊敬もしているのだが、その村上龍さんでさえ、「保護貿易主義」は戦争を誘発する危険がある、と太平洋戦争の開戦を引き合いに出して言っているのである。(日本はいわゆるABCD包囲網の封鎖にあい、資源確保のために戦争を開始した。これは事実であるが、今とは状況が違うと思う)

「保護貿易主義」はいけない、という人に問う。なぜいけないのか? そのメカニズムをきちんと説明して欲しい。
もし「戦争になるから」というのであるなら、第二次世界大戦以降、「保護貿易主義」が原因で起こった戦争を挙げて欲しい。

第二次世界大戦以降もアメリカ合衆国はずっと「戦争」をし続けているが、それらはみな逆に「開国」を迫ったがゆえの戦争だったではないか? ペリー来航だって、開国を迫った砲艦外交だった。アメリカの本音と本質はそこにある。市場を開放させて他国の富を奪いたいのだ。「保護貿易主義」はいけないという理屈は、戦争手段によらずそれを達成するための、実は「洗脳」教育なのである。

今の世界を見よ。世界中で貧困者と失業者が増大し、自国内の産業はもちろんのこと、生活文化までもが、グローバリズムによって破壊されてきているではないか。
それを仕掛けている当のアメリカでさえ、一部の大金持ちがいる一方、国内には貧困者を多数抱えている。自民党が長く推進してきたアメリカ追随型の政治は、アメリカに遅れること20年、見事に、借金大国、格差社会、犯罪多発、というアメリカ型社会を日本に現出させたのだ。おめでとう。それによって利益を得た関係各位のご努力に頭を下げる。

ハッキリ言う。
諸悪の根源は、「自由貿易主義」と「拡張主義」の結びつき、すなわち「グローバリズム」にある。
これらを「よし」とする「洗脳」状態からは、もういい加減脱却しなければならない。
「グローバリズム」は、ごく一部の人々に莫大な利益を与える反面、多くの人々から労働力や金を搾取し、貧困に突き落とす。

それらを推進しようとする強欲な投資家や企業や、それらと結託した政治家や知識人の言いなりになってはならないのだ。
民主党政権の誕生が、その転換点になってくれればと、切に願うものである。

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このコーナーでは、時事の話題に触れながら、意見、雑感等を不定期に発信してまいります。

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